日本歴史地名大系 「安座村」の解説
安座村
あざむら
文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では
」とあり、高四一九石余。寛文五年(一六六五)の野沢組土地帳(西会津町史編さん室蔵)では高三七五石余、家数四七、男一八四・女一三八、馬一八。寛永五年(一六二八)加藤嘉明が若松城を修築した際、当村肝煎二瓶七左衛門は蒲原郡
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では
」とあり、高四一九石余。寛文五年(一六六五)の野沢組土地帳(西会津町史編さん室蔵)では高三七五石余、家数四七、男一八四・女一三八、馬一八。寛永五年(一六二八)加藤嘉明が若松城を修築した際、当村肝煎二瓶七左衛門は蒲原郡
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...