改訂新版 世界大百科事典 「実証経済学」の意味・わかりやすい解説
実証経済学 (じっしょうけいざいがく)
positive economics
経済学の方法論に関する一つの考え方。経済学は,ある理論的仮説にもとづいて,論理的・演繹(えんえき)的方法によって,理論的命題ないしは政策的命題を導き出し,経験的ないしは実証的分析を通じて,これらの命題が正しいかどうかということを検討する。実証経済学は,理論的仮説に関して,それが正しいか否か,あるいは良い仮説か悪い仮説かということを判断することは困難ないし不可能であって,その仮説から演繹的に導き出された諸命題が実証的な分析によって正しいか否かということがわかってはじめて,最初の仮説の正否,良悪についての判断が可能になるという考え方をとる。
もともと経済学は,現実の経済制度に関する歴史的・実証的分析を通じて得られた数多くの知見を積み重ねて,経済の基本的な特性を的確にとらえて,経済循環の特徴を単純にして明快な理論的図式にし,その枠組みのなかで思考を進め,実証的に意味をもち,政策的な含意を包摂した結論を導き出そうとするものである。経済学に関する理論的前提としてどのようなものをとるか,という点が経済学研究にさいして最も基本的な役割を果たす。経済学者が経済をどのようにみるかということは,いわばビジョンとして,経済理論の根幹をなすものである。実証経済学の立場に立つとき,このようなビジョンの形成は必ずしも〈科学的な〉根拠をもちえないものとしてむしろ否定され,理論的結論が現実に起こっている現象をどこまで的確に説明でき,まだ起こっていない将来の現象をどこまで正確に予測できるかということによってのみ,理論的前提ないしは命題の正否が決められると考える。
→経済学
執筆者:宇沢 弘文
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報