翻訳|deduction
もともと動詞で、意義を敷衍して述べることの意。それを西周が「百学連環」で論理学の方法論の一つ “deduction” の訳語に当てた。さらに「致知啓蒙」では、induction (帰納)と対比して使った。その後、「演繹法」が「哲学字彙」に採用され普及したが、同方法の運用という意味の「演繹」は、「演繹法」という語が定着した後に、一般化した。
より一般的な事態からより特殊的な事態へと推論するところの〈演繹的推理(推論)deductive inference(reasoning)〉の略称。自然科学において一般的な法則から当面の特殊な事象に関する結論を導き出す過程は,この演繹的推理の代表的な例である。たとえば,真空中の物体の自由落下の法則は,重力の定数をg,物体の落下距離をx,落下時間をtとするとき,
x=1/2gt2
と表せるが,tに一定の時間を与えて,落下距離を求めること,あるいは,一定の距離を指定してその時間を求めることなどは,演繹の例である。この場合,法則は,どの距離,どの時間に対しても成立する一般的関係を表し,その法則から特定の距離と特定の時間に関する特殊的な関係を導き出しているからである。いっそう日常的な例としては,〈毎日太陽は東から昇り,西に沈む〉ということから,今日も,また明日もそうだ,と結論することも,演繹的推理の例である。演繹的推理は,それゆえ,より一般的な事態を表明する命題を前提として,それからより特殊的な事態を表明する命題を結論として導き出す推理ということになるが,その基本的特徴としてはつぎの点があげられる。
われわれは,前提命題Aから結論命題Bを演繹的推理によって導く--これを〈AからBを演繹する〉という--場合,Aを前提として認めるならば,かならず,結論Bも認めなければならない,と思っている。いいかえれば,前提Aを認めているにもかかわらず,Bを認めない,ということは不可能なのである。もし前提Aを認め,しかも結論Bを認めないのであれば,そのような結論Bは前提Aからは出てこない,つまり,そのような演繹的推理は誤っている,とわれわれはいう。このように,前提Aから結論Bが正しく演繹されるときには,前提Aからはかならず結論Bが出てくるという必然性--とくに論理的必然性--がある,という点は,演繹的推理のもっとも重要な特徴であるが,この必然性はつぎの意味で仮定的性格をもつことにも十分注意しなければならない。〈癌はすべてウイルスである〉ことを前提とすれば,特定の患者の癌はウイルスであると演繹的に推理できて,前提と結論のあいだには必然性がある。しかし,〈癌はすべてウイルスでない〉ことを前提とすれば,特定の患者の癌はウイルスでないことが演繹的に推理できて,そこにも必然性がある。それゆえ,演繹における必然性とは,前提が何であるかに依存しているのではなくて,仮にある前提を認めるとすれば,その認めた前提とそれから得られる結論との関係は必然的であるという形で現れるのであって,その意味で仮定的なのである。演繹に見られるこの必然性をできるかぎり広範にとり出し,広い領域に適用できる演繹的推理の体系を構成するのが,アリストテレス以来の演繹論理学の課題である。
→帰納
執筆者:大出 晁
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
一般から特殊をその形式のみに基づいて推論すること。いいかえると、演繹においては、前提が真であれば、結論も必然的に真とならなければならない。これが、特殊から一般を推論する帰納(きのう)との相違である。そして、論理学のおもな任務は、演繹の具体的構造を解明することにほかならない。たとえば、「すべてのアジア人は人間である」(大前提)、「すべての日本人はアジア人である」(小前提)という二つの前提から、「すべての日本人は人間である」という結論を導き出すのは典型的な三段論法であるが、この推論、すなわち演繹が正しいのは、前提や結論の意味内容によってではなく、その形式による。「日本人」のかわりに「アメリカ人」としても、正しい演繹なのである。
西洋では、演繹、すなわち論理学をこのようにとらえ、三段論法という限られた枠内においてではあったが、それをいちおうまとめあげたのは、いうまでもなくギリシアのアリストテレスであった。その後、西洋ではアリストテレス式三段論法が論理学の主流であったが、19世紀末になると、数学、とくに集合論の発達と相まって新しい論理学が生まれ、現在では三段論法の範囲をはるかに超えるいろいろの形式の演繹が、数理論理学として、数学と結び付いて盛んに研究されている。
[石本 新]
字通「演」の項目を見る。
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…しかし,現在〈帰納の正当化〉はひじょうに困難であると見られている。さらに,現代諸科学は単に帰納法によって構築されると見ることは不可能であり,たとえば,物理諸科学に見られるように数学を含む演繹的方法の役割が大きく介入し,〈仮説演繹法〉が科学方法論の基本的形態であると一般に評価されるようになった。これに関連して,ポッパーの〈反証可能性理論〉による帰納の否定の議論は注目に値する。…
…これは陰に陽に,すべての論理学者によって承認されてきた事実なのであった。
[帰納的推論と演繹的推論]
ところで,世界についての事実認識を基礎に置いて,これまた世界についての認識にいたる推論がある場合,われわれは前提と結論の関係に応じて推論を2種類に区別することができる。一つは,より個別的で単純な事例の集りから,より一般的な法則を導くところの,帰納的推論(帰納)と呼ばれるものである。…
※「演繹」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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