日本大百科全書(ニッポニカ) 「家族性大腸腺腫症」の意味・わかりやすい解説
家族性大腸腺腫症
かぞくせいだいちょうせんしゅしょう
familial adenomatous polyposis
代表的な遺伝性大腸がんの一つで、常染色体顕性遺伝性の大腸疾患。家族性腺腫性ポリポーシスともよばれ、FAPと略称される。100個以上の大腸腺腫(ポリープ)がみられる、あるいは家族歴や随伴する病変が診断のきっかけになる。原因は第5番染色体上のAPC遺伝子の生殖細胞系列変異である。生殖細胞系列変異とは、精子または卵子を経由して受け継がれる変異のことで、受精卵の時点で変異が存在するため、全身のすべての細胞にある遺伝子がその変異を受け継いでいることになる。
FAP患者の大腸がんの発生は10歳代でみられることもあるが、40歳代でほぼ50%、放置すると60歳ごろにはほぼ100%となる。大腸がんのほかに、消化管や他の臓器にも、さまざまな腫瘍(しゅよう)性および非腫瘍性の随伴病変が発生する。
FAPの死因の第1位は大腸がんで、1980年代までは約80%を占めていたが、1990年代以降は約60%と減少傾向にある。随伴病変のなかでは十二指腸がんとデスモイド腫瘍が、大腸がんを除いた主要な死因となっている。全人口における頻度は、欧米では1万~2万人に1人、日本では1万7400人に1人(国内に約7000人)と推定されている。
全大腸がん患者のうち、1%未満がFAP患者と推定されており、大腸癌(がん)研究会による多施設共同研究では、FAPからの大腸がんは全大腸がんの0.24%であった。
診断は臨床像または遺伝子診断により行われる。臨床的診断では、大腸にほぼ100個以上の腺腫を有する場合と、腺腫の数は100個に達しないがFAPの家族歴を有する場合に、FAPと診断される。遺伝子診断では、APC遺伝子の生殖細胞系列変異がみられる場合、FAPと診断する。随伴症状のうち、胃底腺ポリポーシス、胃腺腫、十二指腸腺腫・乳頭部腫瘍、デスモイド腫瘍、皮下の軟部腫瘍・骨腫などの腫瘍性病変と、歯牙(しが)異常はFAPの補助診断として参考になる。先天性網膜色素上皮肥大は、大腸腺腫よりも早期に出現するため、小児などのFAPの補助診断に有用である。
確実な治療法は、大腸がんを発症する前に大腸切除を行うことである。予防的大腸切除は、一般的に20歳代で手術を受けることが推奨され、大腸腺腫の段階では、大腸全摘・回腸嚢(かいちょうのう)肛門(こうもん)(管)吻合(ふんごう)術が標準的術式である。進行大腸がんを伴う場合には、一般の大腸がんに準ずる標準的治療を行う。予防的大腸切除後は、残存直腸のがん発生や随伴症状に対する長期的なサーベイランス(早期発見のための継続的な検査)が必要となる。大腸がんを合併する場合には、大腸がん術後と同様のサーベイランスが行われる。
大腸腺腫(とくに複数)がある場合、家族歴からFAPが疑われる場合には、遺伝子検査・診断が行われるが、その検査前後には医師や遺伝医療の専門家によるカウンセリングにより、情報提供や心理・社会的支援がなされることが必要である。遺伝カウンセリングは、患者本人のほかに家族(血縁者)も受けることが望ましい。
[渡邊清高 2019年8月20日]
『大腸癌研究会編『遺伝性大腸癌診療ガイドライン 2016年版』(2016・金原出版)』