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寺尾亨 てらお とおる

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

寺尾亨 てらお-とおる

1859*-1925 明治-大正時代の法学者。
安政5年12月29日生まれ。寺尾寿(ひさし)の弟。横浜裁判所判事から帝国大学助教授に転じ,明治24年教授。日露開戦をとなえた七博士のひとり。辛亥(しんがい)革命のときは革命政府の法律顧問をつとめた。大正14年9月15日死去。68歳。筑前(ちくぜん)(福岡県)出身。司法省法学校卒。著作に「国際私法」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

寺尾亨

没年:大正14.9.15(1925)
生年:安政5.12.29(1859.2.1)
明治大正期の国際法学者。福岡藩出身。父は寺尾喜平太,母はアイ。明治17(1884)年司法省法律学校卒。ボアソナードの下で刑法を学ぶ。23年帝大法科大助教授。24年同教授。25~28年パリ大学留学,国際法を学ぶ。対露強硬論七博士のひとり。その発言で兼任の外務省参事官を免職。「天下の志士」を自任,辛亥革命(1911)に頭山満,犬養毅らと渡中,革命政府法律顧問となる。45年東大を辞任。亡命中の孫文やインド独立運動家ビハリ・ボースらを保護,若き広田弘毅も援助を受けた。朝昼晩酒を飲み,寝酒も飲んだ。同僚の松波仁一郎に「君少し病気してくれ,学生に酒の害を説かねばならぬから」といわれたが,健康で66歳まで生きた。天文学者寺尾寿 の弟,女優東山千栄子は姪で養女。<著作>『国際私法』

(長尾龍一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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