寺村百池(読み)てらむら ひゃくち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「寺村百池」の解説

寺村百池 てらむら-ひゃくち

1748-1836* 江戸時代中期-後期俳人
寛延元年生まれ。家は京都の糸物問屋「堺屋」。与謝蕪村(よさ-ぶそん)に入門。絵を円山(まるやま)応挙に,茶道を6代藪内(やぶのうち)紹智にまなんだ。蕪村を後援し,その関係資料などを後世にのこした。天保(てんぽう)6年12月17日死去。88歳。名は雅晁。字(あざな)は子文。通称助右衛門。別号に大来堂。句集に「巴調(はちょう)集」。
格言など】鶯の影も口明く日南(ひなた)哉(「巴調集」)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典 「寺村百池」の解説

寺村百池

没年:天保6.12.17(1836.2.3)
生年:寛延1(1748)
江戸中期の俳人。名は雅晁。通称は堺屋助右衛門(のち助左衛門)。別号に大来堂,微雨楼など。京都河原町四条上ルに住した糸物問屋。父三右衛門(俳号,了爾など)以降,2代にわたり与謝蕪村に師事。蕪村の百池に対する信頼はあつく,多くの百池宛書簡が伝わっている。他方,加藤暁台一派とも親しく,蕪村,暁台交友の接点ともなった。蕪村没後は,京都俳壇の重鎮となる。俳諧のほかに,画を円山応挙に,茶を藪内比老斎に学んだ。<参考文献>乾猷平『蕪村と其周囲』

(楠元六男)

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