対馬の渡り(読み)つしまのわたり

日本歴史地名大系 「対馬の渡り」の解説

対馬の渡り
つしまのわたり

古代にみえる海路。具体的な航路が明らかではなく、史料上いずれも同一の航路をさしているかどうかも確定できない。「万葉集」巻一に三野連が唐に派遣されるとき、春日蔵首老が詠める歌として「ありねよし対馬の渡り海中に幣取り向けて早帰り来ね」とみえる。また「夫木抄」に津守国基の「こぎいづるつしまのわたりほどとほみ跡こそかすめゆきの島まつ」などの歌が知られる。「万葉集」の遣新羅使の歌に、壱岐島を「由吉能之麻」とするように、「夫木抄」の「ゆきの島まつ」は壱岐の島松であり、これにより対馬の渡りは壱岐と対馬の間の海原、つまり現在の対馬海峡に比定される。「津島紀事」は、「魏志倭人伝」の対馬国より南一海すなわちかん海を渡ること千余里で一支いき(壱岐国)に至るというのを引き、瀚海を対馬の渡りとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む