対馬小路町(読み)つましようじまち

日本歴史地名大系 「対馬小路町」の解説

対馬小路町
つましようじまち

[現在地名]博多区須崎町(すさきまち)・古門戸町(こもんどまち)・下川端町(しもかわばたまち)

唐津街道に沿う麹屋番(こうじやばん)と掛(かけ)町の間から浜側(北)に下る南北道に沿う両側町の対馬小路町上・対馬小路町中・対馬小路町下の三町と、中と下との間の東西道に沿う対馬小路横(つましようじよこ)町からなる。一筋東の南北道は古門戸町・妙楽寺(みようらくじ)新町の通り、一筋西は須崎町上・須崎町中の通り。対馬小路町下の両側に対馬藩屋敷があり、町裏は博多浜手で船入場である(福岡博多近隣古図)。博多津中の七小路の一つで、町名は対馬藩の蔵屋敷が海辺にあったことに由来する(「石城志」など)。影印本「石城志」所載の絵図には「ツシマ小ジ」の訓がある。前掲近隣古図には「天正十五対州宗対馬守義智、秀吉公□(江カ)願はれ三十間を賜リテ蔵本トセらる」の注記がある。対馬藩蔵屋敷の東隣は妙楽寺町の秋月藩蔵屋敷である。なお対馬藩蔵屋敷裏手浜に同藩抱の加子屋敷(表口三五間半、入りは東三七間・西三六間)があった(「津要録」寛保三年条)。元禄三年(一六九〇)の家数は上三二・中二五・横町七・下三三(続風土記)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む