小川吉太郎(読み)おがわ きちたろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小川吉太郎」の解説

小川吉太郎(3代) おがわ-きちたろう

1785-1851 江戸時代後期歌舞伎役者
天明5年生まれ。3代中村歌右衛門の門弟で,文化2年に3代小川吉太郎を襲名する。和事師で女方をかね,初代と同様に俏方(やつしがた)を得意とした。晩年花車方(かしやがた)や親仁方(おやじがた)に転じた。嘉永(かえい)4年9月18日死去。67歳。初名は中村元三郎。俳名梅山屋号加賀屋

小川吉太郎(初代) おがわ-きちたろう

1737-1781 江戸時代中期の歌舞伎役者。
元文2年生まれ。寛延元年大坂竹田座で初舞台。若衆方より若立役(わかたちやく)となる。俏方(やつしがた)の名人といわれ,若殿役を得意とした。明和7年より大坂で10年間座本として興行した。安永10年2月19日死去。45歳。俳名は英子。屋号は堺屋

小川吉太郎(2代) おがわ-きちたろう

1760-1794 江戸時代中期-後期の歌舞伎役者。
宝暦10年生まれ。初代吉太郎の門弟で芸風をうけつぎ,天明8年大坂中山座で2代を襲名。俏方(やつしがた)を得意とした。寛政6年6月15日死去。35歳。初名は小川仙太郎。俳名は英子。屋号は富田屋。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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