小川笙船(読み)おがわ しょうせん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「小川笙船」の解説

小川笙船 おがわ-しょうせん

1672-1760 江戸時代中期の医師
寛文12年生まれ。江戸にでて町医として開業享保(きょうほう)6年建言書を幕府提出。そのうち貧病人をすくう施薬局設立がみとめられて小石川薬園内に施薬局がつくられ,小石川養生所と名づけられる。子の丹治とともに世話人をつとめた。宝暦10年6月14日死去。89歳。近江(おうみ)(滋賀県)出身。名は広正。号は雲語。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「小川笙船」の意味・わかりやすい解説

小川笙船
おがわしょうせん

[生]寛文12(1672)
[没]宝暦10(1760)
江戸時代中期の医師。享保7 (1722) 年,将軍吉宗の時代に施薬院建設を上書し,これに基づいて小石川薬園内に養生所がつくられ,笙船がその肝煎 (所長) に命じられた。以後,笙船の子孫が肝煎を世襲した。 (→小石川養生所 )

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世界大百科事典(旧版)内の小川笙船の言及

【小石川養生所】より

…日本における官立病院のはじめといえるもの。町医小川笙船(しようせん)(1672‐1760)の建議を徳川吉宗が採り,1722年(享保7)小石川薬園内に施薬局を設け,低所得の病人,看護する人がいない者などを収容し,これを養生所と称した(長崎にできた養生所と区別するため小石川養生所ともいう)。町奉行が管理し,与力・同心を属せしめ,小川笙船,林良適らの医師が出役し,本道(内科),外科,眼科があった。…

※「小川笙船」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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