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小石川養生所 こいしかわようじょうしょ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小石川養生所
こいしかわようじょうしょ

小川笙船が将軍徳川吉宗に建白して,享保7 (1722) 年に小石川御薬園 (現在の東京大学理学部付属植物園) にできた病院。当初は入院定員 40名とし,ほかに外来治療を行なったが,同 11年に外来を中止し,入院定員 100名とした。定員数の増減はあったものの幕末までその方式が続いた。非常に貧しく,看病人のいないことが患者の条件になっている。初めは町奉行所の管理下にあったが,慶応1 (1865) 年に医学館預りとなり,明治維新とともに総督府に引渡された。運営には与力同心があたり,小川笙船は肝煎 (所長) をつとめ,笙船の子孫が世襲した。治療には幕府の小普請医があたった。

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デジタル大辞泉の解説

こいしかわ‐ようじょうしょ〔こいしかはヤウジヤウシヨ〕【小石川養生所】

享保7年(1722)8代将軍徳川吉宗の命により、江戸小石川薬園内に設立された、貧窮民のための療養施設。

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百科事典マイペディアの解説

小石川養生所【こいしかわようじょうしょ】

江戸の町医小川笙船(しょうせん)の建議により1722年小石川薬園内に創立された貧民救療施設。単に養生所と称したが,長崎養生所に対し小石川養生所ともいう。町奉行の支配下に与力2名を配し,多くの医師が診療に当たり,幕府の終りまで続いた。
→関連項目大岡忠相奥医師小石川目安箱

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世界大百科事典 第2版の解説

こいしかわようじょうしょ【小石川養生所】

江戸時代,幕府により江戸に設けられた窮民の医療を目的とした施設。日本における官立病院のはじめといえるもの。町医小川笙船(しようせん)(1672‐1760)の建議を徳川吉宗が採り,1722年(享保7)小石川薬園内に施薬局を設け,低所得の病人,看護する人がいない者などを収容し,これを養生所と称した(長崎にできた養生所と区別するため小石川養生所ともいう)。町奉行が管理し,与力・同心を属せしめ,小川笙船,林良適らの医師が出役し,本道(内科),外科,眼科があった。

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大辞林 第三版の解説

こいしかわようじょうしょ【小石川養生所】

1722年、徳川吉宗が小石川薬園内に設置した療養施設。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小石川養生所
こいしかわようじょうしょ

江戸時代に幕府が小石川薬園内に設けた貧窮病人の施療所(せりょうしょ)。1722年(享保7)正月、一町医の小川笙船(しょうせん)(1672―1760)が目安箱(めやすばこ)に投じた上書が契機となって設置をみた。町奉行(まちぶぎょう)の支配に属し、与力(よりき)2人、同心(どうしん)6人が養生所掛として勤めた。収容規模は最初40人、翌年には100人、29年150人となったが、33年から117人となり、以後幕末まで変わらなかった。医師は9名(のち5名)で本道(ほんどう)、外科、眼科に分かれ、小川笙船の子孫が代々勤めたほか、寄合(よりあい)医師、小普請(こぶしん)医師らであったが、1843年(天保14)以降は町医師となった。運営費は最初は1か年750両であったが、宝暦(ほうれき)(1751~64)年中より840両とし、その金額は幕末まで変わらなかった。設立当初は入所希望者は多かったが、幕末では約半数となっている。天保(てんぽう)(1830~44)ころの内部は不衛生で、看病中間(ちゅうげん)の腐敗も甚だしかったという。[南 和男]
『南和男著『江戸の社会構造』(1969・塙書房)』

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世界大百科事典内の小石川養生所の言及

【大岡忠相】より

…また板ぶきの屋根を瓦ぶきにするなど,その不燃化に力をいれた。そのほか江戸下層社会の貧窮者を救うために小石川養生所をつくった。彼は日本歴史でもまれにみる有能な実務官僚であったが,有名な〈大岡政談〉の話は実際の彼とはほとんど関係がなく,政治家とはかくあれかしという庶民の願望が託された架空譚である。…

※「小石川養生所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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