尾崎宏次(読み)オザキ ヒロツグ

20世紀日本人名事典 「尾崎宏次」の解説

尾崎 宏次
オザキ ヒロツグ

昭和・平成期の演劇評論家 国際演劇協会顧問;サーカス文化の会代表理事。



生年
大正3(1914)年11月24日

没年
平成11(1999)年11月9日

出生地
東京市下谷区(現・東京都台東区)

出身地
旧樺太

学歴〔年〕
東京外語学校(現・東京外国語大学)独文科〔昭和12年〕卒

経歴
昭和12年都新聞(現・東京新聞)に入社兵役を経て30年退社。築地小劇場から始まり、戦前から戦後の、主に新劇畑の劇評を発表してきた。41年から20年間にわたって雑誌「悲劇喜劇」の編集に携わる。一方、歌舞伎など伝統芸からサーカス芸まで造詣が深く、ドイツ文学書の翻訳も手掛けた。著書に「明日の演劇空間」「女優系図」「演劇における時間」「パントマイム芸術」「蝶蘭の花が咲いたよ」「劇場往還」、訳書にベル「女のいる群像」など。また「秋田雨雀日記」(全5巻)を編集した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「尾崎宏次」の解説

尾崎宏次 おざき-ひろつぐ

1914-1999 昭和後期-平成時代の演劇評論家。
大正3年11月24日生まれ。上田進の弟。昭和12年都新聞(現東京新聞)に入社,戦後演劇評を担当する。29年からフリーとなり新劇を中心とする評論活動を展開,雑誌「悲劇喜劇」編集同人となる。「秋田雨雀(うじゃく)日記」を編集した。平成11年11月9日死去。84歳。東京出身。東京外国語学校(現東京外大)卒。著作に「女優の系図」「明日の演劇空間」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「尾崎宏次」の解説

尾崎 宏次 (おざき ひろつぐ)

生年月日:1914年11月24日
昭和時代;平成時代の演劇評論家。サーカス文化の会代表理事
1999年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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