山中吉郎兵衛(読み)ヤマナカ キチロベエ

20世紀日本人名事典 「山中吉郎兵衛」の解説

山中 吉郎兵衛
ヤマナカ キチロベエ

明治・大正期の古美術商



生年
弘化3年12月12日(1847年)

没年
大正6(1917)年12月

出生地
大阪・天満

本名
山中 岩次郎

経歴
大阪で古美術商を営む吉兵衛の二男に生まれ、家業に従事する。のち大阪・北浜に店舗を開き古美術品を売買する傍ら、指物・彫刻・漆器・染め物などの美術的工芸品製作の意匠に力を入れ、また古書図の鑑定にも優れた。戸田弥七・春海藤次郎と共に大阪道具商界の三傑といわれた。明治27年山中商会を創立、社長となる。ニューヨークに支店を出すなど海外にも進出し、欧米諸国に支店・出張所を設け、美術工芸品の輸出入を行った。茶人としても知られる。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山中吉郎兵衛」の解説

山中吉郎兵衛 やまなか-きちろべえ

1847*-1917 明治-大正時代の商人。
弘化(こうか)3年12月12日生まれ。大阪の北浜で古美術商をはじめる。明治27年山中商会を創立,社長。ニューヨークに支店をもうけるなど海外にも進出した。茶人としても知られる。大正6年12月死去。72歳。大坂出身。名は岩次郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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