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山村与助(初代) やまむら よすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山村与助(初代) やまむら-よすけ

?-1640 江戸時代前期の大工。
徳川家康の伏見在城中に御大工となり,諸職人支配をゆるされる。元和(げんな)2年大坂に移住し,大坂城の再建などにあたる。尼崎屋(あまがさきや)又右衛門らとともに大坂三町人とよばれた。以後代々が与助を称する。寛永17年死去。名は正寛。

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朝日日本歴史人物事典の解説

山村与助(初代)

没年:寛永17(1640)
生年:生年不詳
江戸時代の大工で,大坂三町人のひとり。山村家は大和国(奈良県)添上郡山村の出身。代々,与助(与介)を名乗る。初代与助正寛は,徳川家康の伏見在城時に召されて御大工になり,諸職人の支配を許された。大坂の陣後に大坂へ移住し,配下の職人は伏見組と称した。元和6(1620)年から始まった大坂城の再建工事に,大工頭中井正侶の下で参画し,同9年に大坂城の仮殿になった伏見城本丸御殿の移築に関与。寛永1(1624)年の本丸・二の丸工事では,釘・鎹を請け取り,丁場に分配。子孫は代々,大坂御大工頭として大坂城内外の新築修理に携わり,嘉永1(1848)年大坂城大手門の再建棟札に御大工山村与介正凝(11代与介,1887没)の名がある。また菩提寺の願生寺に「大坂御天守指図」が伝来。延享5(1748)年刊『難波丸綱目』に,配下は手代棟梁2人,小棟梁7人,総大工170人余とある。<参考文献>大阪市参事会編『大阪市史』,『まちに住まう・大阪都市住宅史』,桜井敏雄ほか「徳川幕府の大坂城天守について」(『日本建築学会近畿支部研究報告集』),高橋正彦編『大工頭中井家文書』

(谷直樹)

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