山根古墳(読み)やまねこふん

日本歴史地名大系 「山根古墳」の解説

山根古墳
やまねこふん

[現在地名]下松市大字末武中 荒神

末武すえたけ川が南流して笠戸かさど湾に注ぐ右岸に横たわる通称荒神こうじん山の東北斜面中腹にあり、尾根状の丘頂(約六五メートル)に立地する高地性の古墳。眼下には末武川の扇状地や、遠く周南しゆうなん丘陵の山々と周防灘を見渡すことができる。

昭和一九年(一九四四)に発見され開棺したのち内部主体の部分だけを復旧したままになっていたが、昭和三〇年清掃調査が行われた。

内部主体は粘板岩の板石を組み合せた一組の箱式石棺で、掘りかたが浅いため側石が倒れないように棺の周辺を板石や栗石で長円形に囲んでいる。石棺は主軸を東南東に向け、内法の長さ一・八三メートル、幅三八センチから三一・八センチの長い台形を呈し、礫床の上に東を枕に一体の人骨が埋葬され、頭骨と四肢骨の一部が遺存した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む