山田原欽(読み)やまだ げんきん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「山田原欽」の解説

山田原欽 やまだ-げんきん

1666-1693 江戸時代前期の儒者
寛文6年生まれ。宇都宮遯庵(とんあん),伊藤坦庵にまなぶ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩主毛利吉就(よしなり)に世子時代からつかえる。東光寺建立の件で吉就に諫言(かんげん)したがいれられず,元禄(げんろく)6年7月14日自刃(じじん)した。28歳。周防(すおう)(山口県)出身。名は頼煕。号は復軒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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