岩田御厨(読み)いわたのみくりや(いわたのみその)

日本歴史地名大系 「岩田御厨」の解説

岩田御厨(岩田御園)
いわたのみくりや(いわたのみその)

下野しもの(霜野)御厨ともいう。現四日市市北山きたやま町・朝明あさけ町・山城やまじよう町付近に存在した神宮領。「神鳳鈔」に内宮の御園としてみえ、上分三石であった。永仁年間(一二九三―九九)に外宮の別宮風宮の風日祈祭料所として上分二一石が寄進され、外宮領となった(応永二四年五月日「風日祈祭饗役料所雑掌徳用申状写」櫟木文書)。応永二五年(一四一八)二月七日の度会定庭等書状写(同文書)に「彼在所之事ハ、本立下野殿知行之時も太神宮三石上分并風宮御祭礼料米廿一石之外ハ、神宮よりいろいなき在所也(中略)一円神領之事ハ往古よりなく候き」とあるように、内・外宮とも上分米収取権のみで、下地支配権はなかった。風日祈祭料米二一石は、永仁三年度会定行から嫡男尚行に、正安二年(一三〇〇)に良行に譲られた。延慶元年(一三〇八)には、このうち半分を度会家行に中分し、家行の取分はさらに二分されて伝えられた(「伝領目録断簡写」同文書)。応永二五年頃は、定行流の定庭と家行流の員行・行通が上分収取権をもっている(度会定庭等書状写)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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