島貫兵太夫(読み)シマヌキ ヒョウダユウ

20世紀日本人名事典 「島貫兵太夫」の解説

島貫 兵太夫
シマヌキ ヒョウダユウ

明治・大正期の牧師 日本力行会創立者。



生年
慶応2年7月9日(1866年)

没年
大正2(1913)年9月6日

出身地
陸奥国(青森県)

学歴〔年〕
仙台神学校卒

経歴
押川方義から洗礼を受け、押川院長を務めた仙台神学校に学ぶ。日本基督教会の牧師となり、苦学生世話に力を尽くす。明治33年日本力行会を創立。同会に渡米部を設けて移民事業を手がけた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

朝日日本歴史人物事典 「島貫兵太夫」の解説

島貫兵太夫

没年:大正2.9.6(1913)
生年:慶応2.7.9(1866.8.18)
牧師,日本力行会創立者。陸奥(青森県)出身。明治17(1884)年,押川方義から受洗。仙台神学校(東北学院大)を経て,日本基督教会の牧師となる。押川が推進した苦学生の世話をすることを継承,発展させ,同33年,日本力行会を創立。苦学生の霊肉共なる救済伝道であると主張,さらに渡米部を設けて移民事業に着手する。大正3(1914)年には牧師を辞して事業に専念。死去するまでに世話をした会員8500人,在米会員3000人に達した。開化思想とキリスト教を連続させた明治のキリスト者であった。<参考文献>相沢源七『日本力行会の創立者島貫兵太夫伝』

(原誠)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「島貫兵太夫」の解説

島貫兵太夫 しまぬき-ひょうだゆう

1866-1912 明治時代の牧師。
慶応2年7月9日生まれ。仙台神学校(現東北学院大)在学中から押川方義(まさよし)の影響をうけ,苦学生の世話にあたる。卒業後上京し,神田教会で伝道。明治30年日本力行(りっこう)会を創立し,苦学生の救済につくし,事業を海外移民にまでひろげた。大正元年9月6日死去。47歳。陸奥(むつ)名取郡(宮城県)出身。著作に「力行会とは何ぞや」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「島貫兵太夫」の解説

島貫 兵太夫 (しまぬき ひょうだゆう)

生年月日:1866年7月9日
明治時代;大正時代の牧師
1913年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

大臣政務官

各省の長である大臣,および内閣官房長官,特命大臣を助け,特定の政策や企画に参画し,政務を処理する国家公務員法上の特別職。政務官ともいう。2001年1月の中央省庁再編により政務次官が廃止されたのに伴い,...

大臣政務官の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android