崇信寺(読み)そうしんじ

日本歴史地名大系 「崇信寺」の解説

崇信寺
そうしんじ

[現在地名]森町飯田

飯田いいだ地区の東方、中飯田にある。飯田山と号し曹洞宗本尊釈迦如来開山は如仲天開基は山内道美。寺地は中世飯田の在地領主山内氏が城(飯田城古城)を構えていた所にある。明徳三年(一三九二)如仲天遠江に入り(「日域洞上諸祖伝」など)、まず飯田城(古城)の北方一キロの所にある忌内内如仲いなりによちゆう池の辺りに庵を結んだという(遠江国風土記伝)。如仲は飯田城主山内対馬守(道美)帰依を受けて当寺を開いた(日本洞上聯灯録)。応永八年(一四〇一)正月、山内道美は崇信寺に山を寄進したとされるが(「山内道美寄進状写」崇信寺文書)、検討を要する。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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