川瀬教徳(読み)かわせ のりなり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「川瀬教徳」の解説

川瀬教徳 かわせ-のりなり

1777-1838 江戸時代後期の武士
安永6年生まれ。金子孫二郎の父。常陸(ひたち)水戸藩士。郡(こおり)奉行などをつとめ,天保(てんぽう)7年藩主徳川斉昭(なりあき)により勘定奉行にとりたてられる。天保の飢饉に際し,長崎大坂にいき食糧の確保につとめた。天保9年5月2日死去。62歳。本姓田丸。初名は直正。通称は七郎衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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