川袋村(読み)かわぶくろむら

日本歴史地名大系 「川袋村」の解説

川袋村
かわぶくろむら

[現在地名]竜洋町川袋

掛塚かけつか輪中の中央やや西寄りに位置する村。南は掛塚村白羽しろわ村、西は天竜川を挟んで老間おいま(現浜松市)。永禄三年(一五六〇)一〇月五日の今川氏真判物写(松林寺文書)河勾かわわ庄「河袋」とみえ、松隣庵(現松林寺)領があり、天文二二年(一五五三)検地の結果出た増分を免除されている。

天正一九年(一五九一)一一月二〇日の四拾七村惣高辻書上(横山家文書)によると河袋高四五五石余。松平忠頼領郷村帳に川袋村とみえ高三〇五石余、田八町五反余・畑三〇町四反余、新田畑二一石余・畑三町三反。ほかに正林庵(現松林寺)領二石。宝永六年(一七〇九)の高三九三石余(うち本田三〇六石余・新田八四石余、丑年改新田三石余)であった(磐田市誌編纂室収集文書)


川袋村
かわふくろむら

[現在地名]象潟町川袋

川袋川河口に位置する。東および北は大砂川おおさがわ村、南は大須郷おおすごう村に接する。

慶長一七年(一六一二)の由利郡御検地帳(本荘市立図書館蔵)に「仁賀保上浜之内河袋村」として八〇石余とある。また「塩竈壱箇役 壱石仁斗 京升也」とあり、「横岡山手・ぼん塩・門松塩」の貢租が記される。

慶長七年最上氏領となり、元和八年(一六二二)本多正純領。


川袋村
かわぶくろむら

[現在地名]長岡市川袋町・黒津くろづ町・雁島がんじま

李崎すもんざき村の南、信濃川左岸に沿って形成された集落古志こし郡に属する。天正村名考(温古之栞)に「川のふくろ五十三軒」と伝える。元和四年(一六一八)長岡藩知行目録に村名がみえ、高二三六石一斗余。正保国絵図では高二四〇石余。元禄郷帳は知行目録と同高。旧高旧領取調帳では高五二二石一斗余。元和年間より長岡藩の津留番所が置かれた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android