川除藤の木遺跡(読み)かわよけふじのきいせき

日本歴史地名大系 「川除藤の木遺跡」の解説

川除藤の木遺跡
かわよけふじのきいせき

[現在地名]三田市川除

武庫むこ川中流域左岸の標高一四九メートル前後の微高地に立地する、弥生時代中期から鎌倉時代初頭まで継続する集落遺跡。なかでも弥生後期―古墳時代初頭、古墳時代中期、平安時代末期―鎌倉時代初頭の三時期を中心とする。昭和六一年(一九八六)・同六二年に発掘調査が実施された。遺跡の立地する微高地は北西から南東方向に長軸をもつ紡錘形を呈し、長軸方向で約二キロ、短軸で約五〇〇メートルに及んでいる。集落は四つの小微高地単位で見つかっている。また小微高地間の低地には水田跡が確認されている。

弥生後期―古墳時代初頭のおもな遺構としては竪穴住居跡七三棟・掘立柱建物跡二〇棟・土壙約六〇基・溝約五〇条・円形周溝墓二基などが発見されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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