〈構造〉の語は,もともとは,地質の構造や建物の構造のような有形物の組立てをあらわすものとして使われてきた。社会は有形物ではなく,また建物のように一度つくられたら長期間そのまま建っているというようなものでもない。したがって社会について構造という語を用いるのは一種の比喩的用法であって,それをどう定義するにせよ高度の概念化作用を通じて構成された抽象度の高いものにならざるをえない。構造とは諸部分が相対的に恒常的な結びつきによって形成している一定の形態であると定義できる。そうすると社会について構造を考える場合に,社会の諸部分とは何をさすのかが問題になる。社会は複数の個人の集りであるという意味では,社会の部分は個人である。しかし機能分化の進んだ現代産業社会においては,個人はいわば部分人格として多数の集団や組織の成員になるので,まるごとの個人ではなくて役割を社会の諸部分として考えることが必要な場合も多い。他方,複数の個人ないし複数の役割群から成る下位集団とか部分組織とかいったものを社会の諸部分と考えるほうがよい場合もある。社会構造とは,これらの役割,個人,下位集団ないし部分組織が,相対的に恒常的な結びつきによって形成している一定の形態である。
社会構造の水平的側面は役割分化の体系である。国民社会のレベルで普遍的に形成されている役割体系として,職業構造すなわち社会的分業(〈分業〉の項参照)の体系をあげることができる。一国のある時点における職業構造は,その国のその時点での生産力の発展段階に応じた国民社会の機能的要件を充足するようにつくられている。それらの職業役割体系への人員配分は,市場と競争のメカニズムによって行われる。他方,企業のような部分社会としての組織にもまた,それぞれの組織目標を達成するために機能的に必要とされる諸役割が形成されている。生産に従事する製造業企業なら,購買と製造と販売を中軸とし,これに資本調達や人事労務や福利厚生などを加えた諸部門が,組織の専門分化した役割体系を構成する。家族の中にでも,夫と妻,親と子それぞれの間に,一定の役割体系が存在している。これらの役割分化の体系において,専門分化の度合,役割行動の公式化の度合,役割規定の硬直性の度合などはさまざまでありうるから,それらの度合は社会構造特性を表す指標となる。たとえば前産業社会は産業社会に比して専門分化の度合が小さく,官庁や大企業の組織は小企業の組織よりも役割行動の公式化の度合が高く,たえず環境変化に直面している企業の組織はそうでない企業の組織よりも役割規定の硬直性の度合が低い,などである。
社会構造の垂直的側面は支配の構造および社会階層の構造である。支配の構造とは権力の行使およびそれへの服従の制度的形態をいい,国民社会あるいは地域社会(村,町,都市,府県など)における統治と行政の形態(政治権力および行政権力),ならびに官庁や企業の組織における官僚制的支配(公式権限)は,近代産業社会における構造化された支配の代表的なものである。古代社会にしばしばみられた大帝国や,ヨーロッパ中世および日本の中世,近世にみられた封建制は,前近代社会すなわち伝統社会における構造化された支配のそれぞれの形態である。支配における社会構造特性をあらわす指標として,集権化の度合,および民主化の度合をあげることができる。たとえば古代の大帝国は一般に集権化の度合が大きく民主化の度合が低い。封建制は集権化の度合が小さく民主化の度合が低い。近代産業社会における行政は一般に集権化の度合が大きく民主化の度合が高い,などである。他方,社会階層の構造は,物的所有,権力,威信,文化的対象などさまざまの社会的資源の不平等分配によってつくり出された,階級的地位の分化をさす。階層的構造に関する社会構造特性としては,不平等度(上下の格差の度合)と社会移動の度合(異なった階級的地位間を個人が動く頻度)が重要である。近代産業社会は一般的にいって伝統社会よりも不平等度が小さく社会移動の度合が高い傾向をもつ。また産業化の度合が高くなるにつれて,階層構造は,下層へいくほど数が多いピラミッド型から,中間層がふくらんで下層がすぼまる中ぶくれ型に移行する傾向がある。
以上,水平的側面と垂直的側面とに分けて述べた社会構造概念は,当該社会の現状がどのような特性をもっているかをいい表す概念,すなわち記述概念である。この意味の構造概念は,社会のそのような状態特性が現状においてなぜそのようにあり,他のようにはないかを説明する概念,すなわち説明概念を必要とする。そのような説明概念は,システムの機能というタームによって与えられる。一つの社会システムの構造がなぜ現在のようにあって他のようにはないかを説明するものは,現行の構造が達成しているパフォーマンスが,当該社会システムの機能的必要を充足している度合が高い,という事実である。逆にもし,現行の構造がそのようなシステムの機能的必要を充足する度合が低いならば,現在の構造状態は安泰ではありえず,遠からず変動を余儀なくされるであろう。すなわち,一つの構造の形成と変動を説明するものは,その構造のパフォーマンスとしての機能である。構造と機能とをこのようにして結びつける理論は,構造-機能主義structural-functionalismと呼ばれ,現代社会学の主流を形成している。しかし構造-機能主義は社会構造についての理論として唯一のものではなく,現在行われている社会構造概念は多様である。それらのうちの主要なものについて,以下に略述を試みよう。
マルクスによって定式化された史的唯物論の基礎概念として,〈下部構造〉対〈上部構造〉という対概念がある。この対概念は,ドイツ語ではUnterbau,Überbauというように建築物のアナロジーに由来すると思われるBauという語によって表現されているが,英語ではこれにstructureの語をあてることに示されているようにこれも一種の構造概念である。マルクスは彼の用語でいう生産諸関係の総体すなわち社会の経済的構造を下部構造または土台と呼び,これに対して法律的・政治的・精神的等の諸形態はその土台の上にそびえ立つ上部構造であるとした。史的唯物論においては,土台としての経済的構造のパフォーマンスが発展して,現行の上部構造がこれに適合しえなくなったとき,上部構造は変動を余儀なくされると説明する。史的唯物論のこのような説明方式は,構造のパフォーマンスに着目する点で構造-機能主義の説明方式にあい通ずるところがある。ただ構造についての概念化そのものは,両者の間で大きなちがいがある。
マルクスの用いた〈上〉と〈下〉という構造についての空間的アナロジーは,これとはちがった理論的文脈でも用いられている。フランスの社会学者ギュルビッチによって定式化された〈深さの社会学〉における,社会の深層構造という考え方はその一例である。彼は〈全体的社会現象〉と呼ぶものを,最表層部の形態学的特性から最深層部の集合的精神状態まで10の〈深さの層位〉に区分し,社会構造とはそれらの層位が一時的・過渡的にバランスした一局面である,とした。またギュルビッチの社会の深層構造というアイデアと共通する構造概念は,フランスの人類学者レビ・ストロースの〈構造主義〉人類学によっても用いられている。レビ・ストロースのいう社会構造は,当事者であるその社会の成員自身によって意識されることのない,したがって直接にはそれを観察することの不可能な,いわばかくれた行為規則である。彼が研究対象にしたのは,族外婚制のもとにある未開社会の婚姻ルールで,そのようなルールの存在は当事者自身が意識していないのだから,これを面接法のようなアプローチで調べることは不可能である。しかし表層部にあって観察可能な社会関係,すなわち親族名称の体系を手がかりにして,これを論理的に首尾一貫した解釈体系によって説明することのできるような〈モデル〉を構築することは可能である。レビ・ストロースは,マルセル・モースの社会的交換理論を援用することにより,このかくれた構造原理を論理的に演繹する方法を提示した。
社会について構造という概念を用いることは,いずれにせよ一種のアナロジーであるから,それゆえにその概念化の方向は多様でありうる。その適用の原則さえ不適切でなければ,抽象化のしかたにはいろいろの可能性があることが許容されてよいであろう。その意味では,社会を論ずるいろいろの学問は,それぞれの目的に応じていろいろな社会構造の概念を立てうるといってよい。
執筆者:富永 健一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
ときにはある特定の集団(たとえば家族)の内部構造をさすこともあるが、普通には、成員の主要な生活要求がそのなかで満たされる自足的な生活の範囲、つまり包括的な全体社会の構造を社会構造という。構造とは構成要素の間に観察される相互連関の規則正しいパターンのことであるから、社会構造は相対的な意味での統一性と持続性をもった、諸要素の構造化されたパターンをさす。その場合、社会を構成する諸要素に何を選び、そのどれに焦点をあわせ、それらの間の相互連関をどうとらえるかによって、社会構造という概念は違ってくる。
[濱嶋 朗]
社会学の場合、初期には社会有機体説にみられるように、各構成要素が分業に基づく協業の原理を通じて緊密に依存しあう連帯関係にたつときに、社会構造が成立するものと考えられた(有機体モデル)。また、文化人類学の場合にもマリノフスキーは、社会構造を制度の機能連関としてとらえ、人間が欲求を充足する過程で経済、政治、親族、教育などの諸制度が有機的に関連しあって複合的全体をなすものと考えた。ラドクリフ・ブラウンも、諸制度の機能的統一性が社会構造の持続性と安定性を保証するものとみ、一定の地位を占有する人々の間の社会関係の複合体が社会構造にほかならないとした。また、ネーデルは、互いに関連する役割を遂行する諸個人の間にみられる社会諸関係の秩序ある配列状態を社会構造であると考えた。
とりわけパーソンズは、諸要素のうち比較的恒常的なものを構造とみなし、その実質的内容をなすものは制度または安定した役割の統合体であるとして、社会構造(=社会体系)とは各要素(とくに役割)の制度化による均衡体系であって、この均衡は、共通の価値や規範の制度化と内面化、それに基づく役割の遂行、この役割遂行に必要な諸条件の整備(人員、用具、権力、報酬、威信などの配分)、同調への動機づけと逸脱の抑止を伴う社会化と社会統制によって維持されるものと主張した。このいわゆる均衡(統合)モデルでは、社会構造とは、制度化された規範によって人員と所有が役割・地位体系に比較的安定的かつ持続的に配分されている状態を意味している。もちろん、そのような構造が均衡を維持しうるのは、諸要素がそれぞれの機能を遂行して全体の存続に貢献するためであるが、パーソンズはそのような機能要件として、Adaptation(適応→経済)、Goal-attainment(目標達成→政治)、Integration(統合→社会統制)、Latency(潜在的パターン維持→文化と動機づけ)という相対的に独立した下位体系または機能部門に分け、それらの部門間で産出物の相互交換(インプット・アウトプット)を行うことにより社会構造(=社会体系)の均衡が維持されると主張した(AGIL図式)。この均衡は、諸要素に変化が生まれれば絶えず脅かされ、再均衡へと軌道修正をしていかなければならないから、不断の動的均衡(相対的統一)状態にあることはいうまでもない。
[濱嶋 朗]
パーソンズの社会体系論にみられる均衡モデルは、構成諸要素の間の調和的な両立関係を想定した統合モデルであり、諸要素のうちでも価値、規範、制度といった上部構造を重視して、これらを社会構造の中核部分とみなして、制度化や配分過程のもつ統合的効果を一方的に強調したきらいがある。そのため、社会構造の統合や均衡が内部に矛盾と対立を含み、つねに緊張状態を伴っていること、この矛盾と対立から変動が必然的に生まれることを見失う結果になっている。ダーレンドルフが均衡・統合モデルに対して抗争・強制モデルを提出した理由も、合意と調和、安定と統合のほかに、支配と強制、抗争と変動が社会構造のノーマルな根本契機をなすとみたからである。その点で、マルクス主義における構造モデルは、社会構造の構成諸要素のうち上部構造ではなく土台に規定的な意義を認め、経済的下部構造における生産力と生産関係との照応と矛盾のうちに社会構造の動態的な均衡と変動の必然性をみいだしており、パーソンズの構造モデルとは鋭く対立するものといえる。
この構造モデルは社会構成体論であって、諸要素の間の照応と矛盾の統一体として社会構造をとらえる動態的抗争(運動)モデルである。社会構成体とは、生産力の一定の発展段階に照応する生産関係の総体(=土台)とその上に成立する上部構造との統一的全体であり、諸要素間の構造連関は土台を貫く中心原理によって一義的に規定され、諸要素は内部的に矛盾と対立をはらみながら相対的な意味で統一され、動態的な均衡を保つものと考えられている。もちろん、諸要素間の構造連関は一枚岩ではなく、相対的な自律性を諸要素に多少とも許容していなければならない。その許容範囲内で社会構成体は統合と均衡を維持し、また構造的な矛盾と緊張から部分的または全体的な変動を招くと考えるわけである。
[濱嶋 朗]
『S・F・ネーデル著、斎藤吉雄訳『社会構造の理論』(1978・恒星社厚生閣)』▽『T・パーソンズ著、佐藤勉訳『現代社会学大系14 社会体系論』(1974・青木書店)』▽『マルクス著『資本論』(向坂逸郎訳・岩波文庫/岡崎次郎訳・大月書店・国民文庫/長谷部文雄訳・青木文庫)』
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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