市振神社(読み)いちぶりじんじや

日本歴史地名大系 「市振神社」の解説

市振神社
いちぶりじんじや

[現在地名]北浦町市振

市振川河口西岸、本村(ほんむら)にある。祭神は国常立命・事代主命・大己貴命・市杵島姫命など一〇神。旧村社。弘治元年(一五五五)の創建と伝え、初め天神社と称されていた。天明八年(一七八八)に延岡藩主内藤政脩によって、享和二年(一八〇二)には同藩主内藤政詔によって再興されている(棟札)。明治四年(一八七一)恵比寿(えびす)神社・厳島(いつくしま)神社を合祀して現社名となった。同六年市振村が大火に見舞われた際、当社も類火に及び社殿が焼失したため旧霧島明神の古宮に当社の内宮を一時安置したが、旧に復したと思われる(市振区有文書)。なお当社には市振村庄屋家に保存されていた江戸時代の諸書類・帳簿・絵図などが多数あり、ほかに二千余点にのぼる近現代の史料と地籍図・絵図もかなり伝存している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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