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帆足杏雨 ほあし きょうう

美術人名辞典の解説

帆足杏雨

幕末・明治の南画家。豊後生。名は遠、字は致大、別号聴秋半農。画を田能村竹田に師事、詩文帆足万里広瀬淡窓らに学ぶ。のち上京して、浦上春琴にも画の教えを受け、頼山陽篠崎小竹らとも交流した。竹田の正脈をよく伝えた独自の画風を確立し、特に山水に優れた。明治17年(1884)歿、75才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

帆足杏雨 ほあし-きょうう

1810-1884 江戸後期-明治時代の画家。
文化7年4月15日生まれ。家は豊後(ぶんご)(大分県)戸次(へつぎ)の大庄屋。田能村(たのむら)竹田,浦上春琴に師事し,元(げん)・明(みん)(中国)の文人画にもまなぶ。帆足万里(ばんり),広瀬淡窓,頼山陽らとまじわる。明治17年6月9日死去。75歳。幼名は熊太郎,庸平。名は遠。字(あざな)は致大。別号に聴秋,半農。作品に「風雨山水図」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

帆足杏雨

没年:明治17.5.16(1884)
生年:文化7(1810)
幕末明治の南画家。名は遠,字は致大,号は杏雨,聴秋,半農など。豊後(大分県)戸次の人。田能村竹田,浦上春琴から絵を,帆足万里,広瀬淡窓から儒学,詩文を学び,若年のころには京坂に遊学。<著作>『聴秋閣模古式』

(星野鈴)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ほあしきょうう【帆足杏雨】

1810‐84(文化7‐明治17)
江戸末から明治初期の文人画家。名は遠,字は致大。別号に聴秋半農など。豊後国戸次(へつぎ)(現,大分県大南町)の資産家に生まれた。帆足家は代々書画を多く蔵し,また頼山陽や田能村竹田らが立ち寄って扁額や絵を残している。杏雨は幼少から絵を好み,竹田に学んだが,のち京に上って多くの文人らと交わり,独自の画風を形成する。山水画を得意とし,弘化年間(1844‐48)に朝廷の命で制作し,72年にはウィーンの万国博に《耶馬渓図》を出品した。

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