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浦上春琴 うらがみ しゅんきん

美術人名辞典の解説

浦上春琴

江戸後期の文人画家。備前生。浦上玉堂の長男。名は選、字は伯挙、通称は喜一郎、別号に睡庵・文鏡亭・二卿等。幼少より父に画を学び、父に従って各地を遊歴する。山水・花鳥に優れる。のち長崎より京都に出て、頼山陽篠崎小竹柏木如亭らと親交する。また書道・詩文も巧みにし、古器・書画の鑑識に秀でる。弘化3年(1846)歿、68才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル大辞泉の解説

うらがみ‐しゅんきん【浦上春琴】

[1779~1846]江戸後期の南画家。玉堂長子。名は選。諸国遍歴ののち、京都に住み、頼山陽らと交わる。細緻鮮麗な山水花鳥を得意とした。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浦上春琴 うらがみ-しゅんきん

1779-1846 江戸時代後期の画家。
安永8年生まれ。浦上玉堂の長男。父の脱藩にしたがい各地を遍歴,のち京都にすむ。精緻(せいち)な彩色の花鳥,山水画を得意とした。頼山陽(らい-さんよう),篠崎小竹らと親交があった。弘化(こうか)3年5月2日死去。68歳。備前(岡山県)出身。名は選。字(あざな)は伯挙。別号に睡庵など。作品に「花鳥図屏風」,著作に「論画詩」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

浦上春琴

没年:弘化3.5.2(1846.5.26)
生年安永8.5(1779)
江戸後期の南画家。姓は紀,名は選,字は伯挙,号は春琴の他に睡庵など。浦上玉堂の長子として備前(岡山県)に生まれる。子供のころより父に絵の手ほどきを受け,父の鴨方藩脱藩に従って各地を遍歴。32歳ごろには長崎に遊び,のち京都を拠点に備前と往来,頼山陽や田能村竹田らと交流して当時の京坂文墨界に名を列ねた。画は父とは全く異なり,妍麗巧緻な画風で知られ,当時にあっては父よりも高い画名を得ていた。作例に「花鳥図屏風」(東京国立博物館蔵)がある。また,漢詩文もよくし『論画詩』2巻がある。

(星野鈴)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

大辞林 第三版の解説

うらがみしゅんきん【浦上春琴】

1779~1846) 江戸後期の画家。玉堂の長子。通称は紀一郎。画法を父に学び精密な彩色花鳥画をよくした。

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世界大百科事典内の浦上春琴の言及

【浦上玉堂】より

…音楽,詩,絵という三つの世界は玉堂の物心両面を支え,それらは互いに微妙に絡まりあって玉堂芸術の全体像を作り上げているといえる。 玉堂の画家としての才能を受け継ぐのは長男の浦上春琴(1779‐1846)である。名は選。…

※「浦上春琴」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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