日本歴史地名大系 「平久保村」の解説
平久保村
ぺーぶぐむら
オヤケアカハチ事件があった弘治一三年(一五〇〇)頃、平久保に加那按司(かなあじ)という豪族がおり、稲・粟を四、五百石ほど蓄え、牛馬は三、四百頭も飼い、百姓らを酷使して暴虐極まる威勢を張っていたが、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
オヤケアカハチ事件があった弘治一三年(一五〇〇)頃、平久保に加那按司(かなあじ)という豪族がおり、稲・粟を四、五百石ほど蓄え、牛馬は三、四百頭も飼い、百姓らを酷使して暴虐極まる威勢を張っていたが、
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