デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「平清宗」の解説 平清宗 たいらの-きよむね 1170-1185 平安時代後期の公卿(くぎょう)。嘉応(かおう)2年生まれ。平宗盛の長男,母は平時信の娘。13歳で正三位,右衛門督(かみ)となる。壇ノ浦の戦いで父とともに捕虜となって鎌倉に護送され,京都にうつされる途中,近江(おうみ)(滋賀県)篠原宿で父とともに源義経の家臣にきられた。元暦(げんりゃく)2年6月21日死去。16歳。 出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例 Sponserd by
朝日日本歴史人物事典 「平清宗」の解説 平清宗 没年:文治1.6.21(1185.7.19) 生年:嘉応2(1170) 平安末期の武士。宗盛の長男。平家の嫡流のため若年で異例の昇進をとげ,13歳で正三位右衛門督となる。しかし,まもなく平家が都落ちし,文治1(1185)年3月,壇の浦の戦で生虜となり,同年6月,近江国篠原で斬首された。 (田中文英) 出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報 Sponserd by