出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…廃藩置県直後302を数えた県は,1871年11月一挙に3府72県に統合され,政府任命の地方長官が赴任した。同月公布の県治条例で,県の長官は令(かみ)または権令(ごんのかみ)と称されたが,その後78年の府県官職制で府県長官の称は府知事,県令と統一された。県令は身分的に奏任四等(開港場のある県は勅任三等)に位置づけられ,任免権は太政官が握った。…
…版籍奉還後は藩主をそのまま地方官とし知藩事と称した。71年の廃藩置県によって藩が廃止され全国が府県に編成されて以後,府の長官は府知事,県の長官は県令と称され,その任免権は太政官がにぎった。このころの地方官には西南雄藩出身者が多く,政府の監督下に中央集権政策を強力に遂行した。…
※「府知事」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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