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延喜の治 エンギノチ

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デジタル大辞泉の解説

えんぎ‐の‐ち【延喜の治】

延喜年間、醍醐天皇の治世をいう。天暦(てんりゃく)の治とともに天皇親政の最も充実していた時代として並び称された。

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世界大百科事典内の延喜の治の言及

【宇多天皇】より

…宇多上皇は新帝醍醐天皇のために《寛平御遺誡》を定め,また故基経の子時平と並んで菅原道真を昇進させることによって,藤原氏の台頭を抑え隠然たる支配力を保持したが,899年(昌泰2)出家して空理(のち金剛覚)と号し,上皇を辞し法皇と称して修行にはげむ間に,901年(延喜1)道真が大宰府に左遷され,法皇の力も失われた。しかし909年時平が死に,かねて法皇に寵愛されていた弟忠平が政治をとると,法皇,天皇,忠平の融和を軸として,のちに〈延喜の治〉とよばれる政治的安定がつづき,930年(延長8)の天皇の死と翌年の法皇の死におよんだ。このように宇多天皇は政治上に大きな力を発揮したが,歴史的により大きな意義をもつのは,その文化的活動である。…

【延喜・天暦の治】より

…天皇親政下に儒教的政治理念にかなった正しい政治が行われ,文運隆盛の聖代であったとされる。〈延喜の治〉は,〈寛平の治〉と称される宇多天皇の治世をうけ,荘園整理など地方行政への施策や,延喜格式・儀式や国史(《日本三代実録》)の編修,銭貨改鋳(延喜通宝)など実質的には解体しつつある律令政府の健在を誇示する事業が行われ,努力は認められるが,その実績には限界があった。また初の勅撰和歌集である《古今和歌集》の撰進など文運も盛んであった。…

※「延喜の治」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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