延野村(読み)のぶのむら

日本歴史地名大系 「延野村」の解説

延野村
のぶのむら

[現在地名]加茂町延野

東は大崎おおさき村、南はあか川を界して神原かんばら村、西は大竹おおたけ村。赤川と並行して猪尾いのお川・中村なかむら川が流れ、村の西端辺りで赤川に合流する。慶長七年(一六〇二)の賀茂内延野村検地帳では田畑合計二二町七反余・分米三一二石余、屋敷数二〇。元禄十年出雲国郷帳では高三九七石余、寛文四年(一六六四)の本田高三八〇石余・新田高一六石余。「雲陽大数録」では高三九〇石。寛政一二年(一八〇〇)の人数二五一(「大原郡宗門改」加茂町誌)。和紙作りが盛んで、隣村大竹村辺りの楮は大部分当村で製品化されたという。


延野村
のぶのむら

[現在地名]相生町延野

入野いりの村の東、那賀川左岸に位置し、北と南を丘陵に挟まれる。中世延野郷の遺称地。戦国期には藤原氏の延野兵衛平則が拠る延野城があったが、天正一〇年(一五八二)落城という(城跡記)寛永(一六二四―四四)前期のものと推定される国絵図正保国絵図、寛文四年(一六六四)郷村高辻帳、天保郷帳、旧高旧領取調帳には記載がない。天和二年(一六八二)の蔵入高村付帳に村名がみえ、六斗余が蔵入分。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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