建仁(読み)ケンニン

精選版 日本国語大辞典 「建仁」の意味・読み・例文・類語

けんにん【建仁】

  1. [ 一 ] 鎌倉初期、土御門天皇の代の年号。正治三年(一二〇一)二月一三日、辛酉革命により改元。将軍源頼家、実朝の時代。建仁四年(一二〇四)二月二〇日元久(げんきゅう)と改元。出典は「文選」の「竭レ智付レ賢者、必建二仁策一」。
  2. [ 二 ] 「けんにんじ(建仁寺)[ 一 ]」の略。

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日本の元号がわかる事典 「建仁」の解説

けんにん【建仁】

日本の元号(年号)。鎌倉時代の1201年から1204年まで、土御門(つちみかど)天皇の代の元号。前元号は正治(しょうじ)。次元号は元久(げんきゅう)。1201年(正治3)2月13日改元。1201年は天命が改まる年とされる辛酉(しんゆう)にあたることから、辛酉革命(かくめい)を理由として行われた(革年改元)。『文選(もんぜん)』を出典とする命名。この時期、朝廷では後鳥羽(ごとば)上皇による院政が行われていた。建仁年間の鎌倉幕府の将軍は、源頼家(よりいえ)(2代)、源実朝(さねとも)(3代)。執権は北条時政(ときまさ)(初代)。1202年(建仁2)に源頼家が第2代将軍に就任したが、まもなく北条氏により将軍の地位を剥奪されて修善寺に幽閉の身となり、1204年(元久1)に暗殺された。この事件により、北条氏は鎌倉幕府の実権を握ることになった。

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