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修善寺 しゅぜんじ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

修善寺
しゅぜんじ

静岡県東部,伊豆半島の北部中央にある地区。旧町名。 1924年町制。 1956年下狩野村,1959年北狩野村の一部を編入。 2004年4月,土肥町,天城湯ヶ島町,中伊豆町と合併し伊豆市となる。中央部を狩野川が貫流,中心集落の修善寺はその支流桂川に沿う。9世紀空海の弟子杲隣 (こうりん) の開基と伝えられる修禅寺の門前町として,のちに温泉町として発展。伊豆長岡・天城温泉郷とともに,伊豆半島内陸の温泉地として知られる (→修善寺温泉 ) 。また源範頼源頼家の終焉の地としても有名。西部の山地にゴルフ場達磨山 (982m) ハイキングコースなどがある。地区の一部は富士箱根伊豆国立公園に属する。国道 136号線が通り,伊豆箱根鉄道駿豆線の終点。

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大辞林 第三版の解説

しゅぜんじ【修善寺】

静岡県伊豆市、伊豆半島北部の狩野かの川支流の桂川渓谷に沿う温泉町。修禅寺がある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

修善寺
しゅぜんじ

静岡県東部、田方(たがた)郡にあった旧町名(修善寺町(ちょう))。現在は伊豆(いず)市の北部を占める一地区。1924年(大正13)町制施行。1956年(昭和31)下狩野(しもかの)村を、1959年北狩野村の一部を編入。2004年(平成16)土肥(とい)、天城湯ヶ島(あまぎゆがしま)、中伊豆(なかいず)の3町と合併、市制施行して伊豆市となる。旧修善寺町は、伊豆半島北部に位置し、伊豆の代表的な温泉町。伊豆箱根鉄道、国道136号、修善寺有料道路、西伊豆スカイラインなどが通じる。名称は古代以来の古刹(こさつ)修禅寺にちなむ。町は巣雲(すくも)、達磨(だるま)山系に囲まれ、全面積の70%が山林原野で、中央を狩野川が北流し、街と耕地は狩野川とその支流桂(かつら)川の沿岸に発達している。稲作のほか酪農、養豚、養鶏、ミカン・シイタケ栽培を主とする。観光と結び付いた商業が中心で、土産(みやげ)物販売、飲食業を主とする。区域の一部は富士箱根伊豆国立公園に含まれ、北伊豆の玄関として東、南、西へと天城(あまぎ)山、達磨山を越えて南伊豆の海岸線へ向かう交通路が集中する。近年では、修善寺ニュータウン、富士見平など、宅地や別荘地開発が進んでいる。北伊豆屈指の大温泉である修善寺温泉、鎌倉時代の源範頼(のりより)・頼家(よりいえ)の幽閉の修禅寺、鹿山(しかやま)公園、梅林のある修善寺自然公園、修善寺虹の郷、早霧(さぎり)湖など観光資源に富む。また、修善寺駅から約7キロメートルの高原にある日本サイクルスポーツセンターは一年中にぎわう。[川崎文昭]
『『修善寺史料集』(1959・修善寺町) ▽南雲正朗著『修善寺より――歴史と風土と』(1966・角川書店)』

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