日本歴史地名大系 「弥富村」の解説
弥富村
やどみむら
現須佐町の中央に位置し、村の北、須佐村と
建武四年(一三三七)五月日付の虫追四郎左衛門尉政国申状案(益田家什書)に「今月十一日打出阿武郡内、追落小河関所、焼払弥富・福田・生賀以下」とあり、南北朝の争乱の折、石見の南朝軍によって焼き払われた。文和元年(一三五二)八月一三日付の
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現須佐町の中央に位置し、村の北、須佐村と
建武四年(一三三七)五月日付の虫追四郎左衛門尉政国申状案(益田家什書)に「今月十一日打出阿武郡内、追落小河関所、焼払弥富・福田・生賀以下」とあり、南北朝の争乱の折、石見の南朝軍によって焼き払われた。文和元年(一三五二)八月一三日付の
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[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...