当流(読み)トウリュウ

デジタル大辞泉の解説

とう‐りゅう〔タウリウ〕【当流】

この流派。この流儀。
今はやっている流儀。当世風。
「―の大尽と見えて友だち多くつれだち」〈咄・露がはなし・四〉

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

大辞林 第三版の解説

とうりゅう【当流】

この流派。この流儀。 「 -での花の生け方」
今のやり方。現代のやり方。当世風。 「連俳も-の行かたを覚え/浮世草子・永代蔵 6

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

当流
とうりゅう

近世剣術の一流派。流祖は山本三夢(さんむ)入道玄常(はるつね)、山本流ともいう。三夢は上州館林(たてばやし)の人と伝え、初め同国小幡(おばた)の前原備前守(まえはらびぜんのかみ)が伝えた京(きょう)流を修め、その後、吉岡無二斎(むにさい)に自見(じけん)流を、村田左馬之助(さまのすけ)に新陰柳生(しんかげやぎゅう)流を、三輪源兵衛に林崎(はやしざき)流居合を学び、これらの刀法諸流をあわせて一流を創案し、延宝(えんぽう)年中(1673~1681)鎌倉の鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)に祈念して、心明剣の一刀を開悟し、当流を称したという。門人に朝比奈夢道(あさひなむどう)、明石(あかし)三郎兵衛ら、子に山本源助自見斎(げんすけじけんさい)がある。自見斎は関口流居合および手裏剣(しゅりけん)の名手であった。明石の門人浜島金太夫正澄(はまじまきんだゆうまさずみ)は江戸で活躍し、門下に塩(しお)藤右衛門、能勢(のせ)左仲、笹河是閑(ささがわぜかん)らを輩出した。塩の高弟上田一候斎(うえだいっこうさい)の門流には、1791年(寛政3)三義明致(さんぎめいち)流を始めた川澄(かわすみ)新五郎忠智(ただとも)、また野州(栃木県)鹿沼(かぬま)地方に門流を広げた笹河の門流には、心明当(しんめいとう)流を唱え幕末期に活躍した福田誠好斎(せいこうさい)宗節(そうせつ)(1812―1899)らが出た。四国の伊予大洲(おおず)藩、小野十得斎月心(じっとくさいげっしん)も有名であった。[渡邉一郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

精選版 日本国語大辞典の解説

とう‐りゅう タウリウ【当流】

〘名〙
① 自分の属している、または、今話題にしている、この流派、流儀
※左記(1180か)「金丁員数事、初三打事、当流継園御法則也」
古今著聞集(1254)一五「定輔卿の琵琶は楽説、其外の手・撥合まで、みな当流にて候しを」
② 今の世にもっぱら行なわれるやり方、考え方。当代流行の流儀。現代風。当世風。当風。〔運歩色葉(1548)〕
雑俳・大黒柱(1713)「楊子さへ当りうは皆ほそい也」

出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報

世界大百科事典内の当流の言及

【屋嘉比朝寄】より

…三線は名人照喜名聞覚(てるきなもんかく)を師としたが,失明して三線に専念。謡曲の技法などを取り込んで,旧節に替わる当流(とうりゆう)と称する楽統を創始した。また中国に範をとった琉球初めての三線楽譜〈工工四(くんくんしい)〉を考案するなど,琉球音楽の保存とその近代化に貢献した。…

※「当流」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

今日のキーワード

天泣

上空に雲がないにもかかわらず,雨が降る現象。風上にある雲からの雨であったり,雨が降ってくる間に雲が移動したり消えたりする場合などに起こる。天気雨,狐の嫁入りともいう。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android