後鳥羽天皇陵・順徳天皇陵(読み)ごとばてんのうりよう・じゆんとくてんのうりよう

日本歴史地名大系 の解説

後鳥羽天皇陵・順徳天皇陵
ごとばてんのうりよう・じゆんとくてんのうりよう

[現在地名]左京区大原来迎院町

三千院の北、木尾(きお)山の西南麓に南北二陵が並ぶ。

後鳥羽天皇(一一八〇―一二三九)は高倉天皇の第四皇子で、後白河法皇の下で即位(在位一一八三―九八)、退位後も上皇として二四年間院政を行い本院と称されたが、承久三年(一二二一)鎌倉幕府を倒さんとした承久の乱に敗れ、隠岐(現島根県)に配流され、その地で没した。武を好み、また優れた歌人としても知られ、藤原定家らに命じて「新古今集」を撰ばせている。順徳天皇(一一九七―一二四二)は後鳥羽天皇第三皇子で土御門天皇(譲位して中院)の後を継ぎ即位(在位一二一〇―二一)、譲位して上皇(新院)となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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