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徐樹錚 じょ じゅそう

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

徐樹錚 じょ-じゅそう

1880-1925 中国の軍人。
光緒(こうしょ)6年12月5日生まれ。日本の陸軍士官学校を卒業。辛亥(しんがい)革命後,安徽(あんき)派の段祺瑞(だん-きずい)のもとで陸軍次長,国務院秘書長,参謀長などを歴任。策謀をもって中国政界に暗躍し,直隷派との戦い(安直戦争)に敗れる。1925年12月30日馮玉祥(ふう-ぎょくしょう)の部下に銃殺された。46歳。安徽省出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

じょじゅそう【徐樹錚 Xú Shù zhēng】

1880‐1925
中国の軍人。江蘇省蕭県(現,安徽省)の人。字は又錚。若くして秀才となり,のち日本の士官学校に学んだ。段祺瑞の幕下に入り,安福クラブを組織してお手盛りの新国会(安福国会)を操縦するなど,〈扇動家軍師〉の呼名に象徴されるように策謀に腕をふるった。悪名高い日華共同防敵軍事協定の締結など,日本への従属路線を積極的に推進したが,安直戦争に敗れて一線を退き,のち,恩人を謀殺されて徐樹錚に怨みを抱いていた馮玉祥(ふうぎよくしよう)によって逮捕,銃殺された。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について 情報

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