得能通綱(読み)とくのう みちつな

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「得能通綱」の解説

得能通綱 とくのう-みちつな

?-1337 鎌倉-南北朝時代の武将
伊予(いよ)(愛媛県)河野氏の一族。正慶(しょうきょう)2=元弘(げんこう)3年土居通増(みちます)らと挙兵,伊予星岡で長門(ながと)探題金沢(かねざわ)(北条)時直の軍をやぶり,隠岐(おき)を脱出した後醍醐(ごだいご)天皇を兵庫にむかえる。南北朝の対立後は新田義貞(よしさだ)軍にしたがい,越前(えちぜん)(福井県)金ケ崎城にたてこもったが,建武(けんむ)4=延元2年3月6日戦死。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の得能通綱の言及

【河野氏】より

…惣領家の通盛は,最初鎌倉幕府に味方したが,幕府滅亡後は足利尊氏に従った。庶子家の土居通増や得能通綱は南朝方にくみし,新田義貞に従った。この間通盛は足利氏によって伊予の守護に任ぜられ,また拠点を河野郷から温泉郡湯築城(現,松山市道後)に移した。…

※「得能通綱」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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