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得蔵保 とくらのほ

百科事典マイペディアの解説

得蔵保【とくらのほ】

得蔵荘とも称し,〈とくくら〉ともよむ。犀(さい)川河口西岸に近い金沢市専光寺(せんこうじ)町の小字戸畔(とくろ)が遺称地とみられる。1089年,加賀守藤原家通は加賀国加賀郡大野郷の一部であった徳蔵保を山城醍醐(だいご)寺荘園として寄進するよう留守所(るすどころ)に命じている。

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世界大百科事典 第2版の解説

とくらのほ【得蔵保】

得蔵荘ともいい,〈とくくら〉ともよむ。加賀国石川郡北部(現,金沢市北西端)の臨海荘園で,犀川河口西岸に近い金沢市専光寺町の戸畔(とくろ)が遺称地と考えられる。1088年(寛治2)醍醐寺少別当賢円が加賀郡大野郷(中世の石川郡大野荘)の一部を再開発し,すでに国衙領として収公されていた寺領加賀国高羽荘,治田(はりた)荘の領有権回復工作を断念する代償として,翌89年に加賀守藤原家道から醍醐寺に充てられ,賢円が保司となった。

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世界大百科事典内の得蔵保の言及

【得蔵保】より

…得蔵荘ともいい,〈とくくら〉ともよむ。加賀国石川郡北部(現,金沢市北西端)の臨海荘園で,犀川河口西岸に近い金沢市専光寺町の戸畔(とくろ)が遺称地と考えられる。1088年(寛治2)醍醐寺少別当賢円が加賀郡大野郷(中世の石川郡大野荘)の一部を再開発し,すでに国衙領として収公されていた寺領加賀国高羽荘,治田(はりた)荘の領有権回復工作を断念する代償として,翌89年に加賀守藤原家道から醍醐寺に充てられ,賢円が保司となった。…

※「得蔵保」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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