コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

留守所 るすどころ

6件 の用語解説(留守所の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

留守所
るすどころ

平安時代以降,在庁官人の役所をさした。律令制がくずれて,遙任国司がふえ,目代 (もくだい) と在庁官人国衙の政務を行うようになった。その国衙の政庁を留守所と称した。鎌倉時代以後,国司制度が有名無実化するに従って消滅していった。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

るす‐どころ【留守所】

平安・鎌倉時代、遥任などで国司が在京する場合、目代在庁官人が国務を執るための現地の政庁。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

留守所【るすどころ】

在庁官人

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

るすどころ【留守所】

平安後期以降一般化した地方行政を担う在地の執務機関。国司の遥任化にともない,各国衙に設けられた行政運営の中枢組織で,中央の国守の命を受けて地方行政にあたった。多く目代在庁官人により構成されていた。ただしすべての国に留守所が成立したわけではなく,在庁の存在は確認されても留守所がつくられなかった大和国のような例もあった。留守所なる名称の初出は,《御堂関白記》寛仁1年(1017)9月14日条に見える丹波国留守所で,ついで《左経記》万寿2年(1025)7月1日条にも見える。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

るすどころ【留守所】

平安中期以降、国司の遥任化によって新たに国衙こくが内に生じた機構。有力な在庁官人が、在京の国司にかわって国務を執行する役所をいう。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

留守所
るすどころ

日本の古代末・中世において、地方行政の統轄のため各国に設けられた政庁。平安中期から、地方行政の実権はその国の在地の領主である在庁官人に握られ、国守は遙任(ようにん)と称して在京し、任国へはその私的な代官である目代(もくだい)を派遣するようになるが、その目代の指揮のもとに在庁官人が執務する国衙(こくが)(国府)の中心が留守所である。11世紀中ごろに現れ、15世紀まで史料にみえる。下部に税所(さいしょ)、健児所(こんでいしよ)、検非違所(けびいしよ)、田所(たどころ)、調所(ずしょ)などの分課的な所を置き、国務は在京の国守の命を受けた留守所の下文(くだしぶみ)によって執行される。判官代などと称する数人から十数人の在庁官人と目代によって構成されている国と、1~2人の豪族的領主が実権を握っている国とがある。[大石直正]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の留守所の言及

【国司】より

…そのおもな原因の一つは国司の給与の増大で,奈良時代からもっぱら収入を目的とする員外国司,権任国司など,定員外の国司の任命が始まり,また平安時代に入って826年(天長3)に上総,常陸,上野を親王任国とし,その国守の親王を太守と呼び,太守は京にいてただ俸料のみを受けることにしてから,いわゆる遥任の例が生じた。この遥任の風は,その後各種の京官が収入を目当てに国守を兼帯することによってますます盛んとなったが,その場合には国守は腹心の者を目代(もくだい)として任国に派遣し,介以下の在庁官人によって構成される留守所(るすどころ)を指揮させることが行われた。またもう一つのおもな原因は,班田制・籍帳制度など公地公民制関係の諸制度の崩壊で,国司は公民を正確に把握して,そこから租・庸・調・雑徭その他を規定どおりに徴収することが困難となったため,公地と私地の両者を含む全耕地を把握して,その面積に応じて官物・雑役等を賦課する方式をとるようになり,中央への貢進物も,すべて官物の稲の一部をもって交易入手して京進するようになった。…

※「留守所」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

留守所の関連キーワード官治行政地方行政調所地方機関地方行政官地方行政官庁地方行政機関指定地方行政機関地方行政監察局地方行政連絡会議

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone