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御堀耕助 みほり こうすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

御堀耕助 みほり-こうすけ

1841-1871 幕末の武士。
天保(てんぽう)12年7月7日生まれ。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩士。禁門の変のあと御楯隊を組織し,総督となる。明治元年藩の参政,翌年山県有朋(やまがた-ありとも)らとヨーロッパ視察に派遣されたが病気で帰国した。明治4年5月13日死去。31歳。旧名は太田市之進。名は直方。号は春江。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

御堀耕助

没年:明治4.5.13(1871.6.30)
生年:天保12.7.7(1841.8.23)
幕末の長州(萩)藩の志士。御楯隊総督。名は直方,実名は大田市之進。長州藩八組士大田要蔵の子として萩に生まれる。18歳のとき江戸に出て,斎藤弥九郎に剣を学ぶ。人となり魁偉で,武勇人に絶した。京都で尊王攘夷運動に加わり,文久3(1863)年,中山忠光に随従して帰藩。元治1(1864)年の禁門の変では,大垣兵と戦って勇名を馳せた。同年,建言して御楯隊を結成,総督となる。慶応2(1866)年の幕長戦争では芸州口(広島県)で戦功を立て,翌年参政に進んだ。明治2(1869)年,命を受けてヨーロッパに向かう途中病気にかかり,同4年病死。年31。

(三宅紹宣)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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