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徳島城 とくしまじょう

日本の城がわかる事典の解説

とくしまじょう【徳島城】

徳島県徳島市徳島町にあった平山城(ひらやまじろ)。国指定史跡。日本城郭協会選定による「日本100名城」の一つ。吉野川河口の中州に位置する標高62mの渭山(いのやま)(猪山とも記す。通称城山)に築かれ、居館は麓に置かれた。もともと山上には、渭山城という室町時代に築城された小さな城があり、この地を渭津(いのつ)と称していた。戦国時代になると群雄が割拠し、しばしば城主が入れ替わった。豊臣秀吉の四国攻めで戦功を上げた蜂須賀正勝(はちすかまさかつ)は、阿波一国を与えられたが、老齢を理由に辞退、替わって子の家政(いえまさ)が入封した。当初、徳島市の西部にあった一宮城に入ったが手狭なため、1585年(天正13)渭津を城地に選定し、山上の渭山城と山麓の寺島城を合わせた大規模な平山城の築城を開始した。翌年、長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)や小早川隆景(こばやかわたかかげ)などの助力を得て完成、この地を徳島とした。以来、徳島城は約300年にわたって蜂須賀家の居城となった。徳島城は明治にいたって、陸軍省の管轄になり、天守や櫓(やぐら)などの建造物はほとんどが取り壊された。唯一正門の鷲の門(わしのもん)だけが記念として残されていたが、第二次世界大戦末期、1945年(昭和20)の徳島大空襲で焼失した。現在ある鷲の門は、1989年(平成1)に復元されたもの。城跡は徳島中央公園として整備されているほか、表御殿庭園や徳島城博物館などがある。JR高徳本線・徳島線徳島駅から徒歩5分。◇渭山城(いのやまじょう)、渭津城(いのつじょう)ともいう。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

朝日新聞掲載「キーワード」の解説

徳島城

1585年(天正13年)、領主として入国した蜂須賀家政豊臣秀吉の命を受けて築城。明治時代までの約280年間、25万7千石の徳島藩主蜂須賀家の居城として使用された。廃藩置県後の1875年(明治8年)、老朽化した城の大部分は取り壊された。鷲の門は残されたが、1945年(昭和20年)の徳島大空襲で焼け落ちた。現在は庭園や石垣、堀の一部が当時の遺構として残されている。

(2006-02-11 朝日新聞 朝刊 徳島全県 1地方)

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