徳永寺(読み)とくえいじ

日本歴史地名大系 「徳永寺」の解説

徳永寺
とくえいじ

[現在地名]伊賀町柘植町

旧大和街道が上柘植(かみつげ)集落で鉤形に屈曲する北方約一〇〇メートルの所にある。山号は平庸山、本尊は阿弥陀如来、浄土宗。草創年代は不明であるが、かつては現在地の西方寺山(てらやま)通称檜原(ひはら)の墓地にあったが、火災のため中絶したという。寺蔵の「平庸山古記」に「中興開山西誉崇徳行年六十八歳慶長十八癸巳(丑カ)八月四日遷化」とある。福地家の菩提寺で、文禄元年(一五九二)の福地伊予守宗隆の墓碑をはじめとする一族の墓碑がある。

当寺には津藩の初代―一一代藩主(八代を除く)の寄進状一〇枚が残り、定成二石、茶二貫二〇〇匁、寺廻竹木の扶持が認められた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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