内科学 第10版 「心疾患と腎障害」の解説
心疾患と腎障害(全身疾患と腎障害)
健常人の腎血流量は,心拍出量の20~25%を占める.心疾患によって循環調節系の破綻が生じ,有効な腎血流量を維持しえなくなると,腎機能は低下する.逆に,腎機能障害は心不全の病態を悪化させる悪循環を形成する.慢性腎臓病(chronic kidney disease)は心血管障害の発症危険因子とされており,腎機能障害の合併は,動脈硬化の進展,心筋病変や弁膜疾患の増悪,不整脈の発生をもたらし,心不全の病態を悪化させて悪循環を形成する.両者の密接な関連(心腎連関)に基づく病態は心腎症候群(cardio renal syndrome)と総称される.心疾患に伴う腎障害は,心不全による機能的な腎障害が主体であるが,ある種の心血管系の病態ではこれに引き続いて器質的腎障害が生じている.
病態生理
1)心不全による腎機能障害:
a)関与する因子と機序:うっ血性心不全では,心拍出量の低下を代償するために神経・体液性因子の活性化と水・Na貯留が生じる.基本的には,血管収縮および水・Na排泄系の活性が血管拡張および水・Na排泄系の活性を凌駕することによって諸臓器にうっ血が生じる.前者には交感神経系,レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAA系),アルギニン-バソプレシン系(AVP系)の活性化とエンドセリンの分泌亢進などが含まれ,後者には腎カリクレイン-キニン,プロスタグランジン(PG),ANP-BNP,腎ドパミンや血管内皮のNO産生などの諸系が含まれる.
b)腎血流量の変化と腎機能:心拍出量の低下が高度になると,交感神経系やRAA系,AVP系の活性亢進により腎血管抵抗は増大し,腎血流量(RBF)は減少する.この際,アンジオテンシン(AT)Ⅱによる糸球体輸出細動脈優位の収縮と,ANPやPGによる輸入細動脈の拡張により,糸球体濾過量(GFR)の低下は軽度に保たれる.GFRの低下をRBFの減少が上回るために,両者の比で表される濾過率(FF=GFR/RBF)は上昇する.心不全が進展して,重症化すると,輸入細動脈にも強い収縮が生じて,GFRはさらに低下する.心拍出量がさらに低下し,平均動脈圧が70~75 mmHg以下に低下すると,腎機能障害は増悪し,乏尿,体液貯留と浮腫の増悪,さらに高尿素窒素血症が顕在化する.
c)低心拍出に対する腎の反応:低心拍出状態が持続すると,腎ではNa・水・代謝産物の排泄が低下し,逆にK・Mgの排泄増加が生じる.これが心不全における「うっ血」症候を形成する主役となる.Na・水分貯留については,糸球体濾過量,FFの増加は,近位尿細管周囲の毛細血管内の静水圧の低下と蛋白濃度の上昇による膠質浸透圧の上昇をもたらし,Na・水再吸収は増加する.その結果,遠位尿細管,緻密斑へのNaCl供給量は減少し,レニン分泌は亢進しRAA系はさらに活性化され,アルドステロンによる皮質部集合管におけるNa再吸収増大をもたらす.ATⅡの中枢作用による口渇感と水分摂取の増加,さらにAVPによる集合管からの水分再吸収の増大は希釈性低ナトリウム血症をもたらす(図11-6-19).K・Mg欠乏は,アルドステロンが皮質部集合管でのNa再吸収を亢進,H+,K+およびMg2+の尿中排泄を増加させる.心不全患者では,食欲低下や消化管のうっ血により,K・Mgの摂取量および消化管からの吸収量が低下する.また心不全治療に頻用されるループ利尿薬やジギタリス剤は,K・Mgの尿中排泄を促進する.高尿素窒素血症は,心不全では,尿素の尿中排泄低下,AVPによる水再吸収に伴う尿素再吸収の増加,さらに蛋白異化亢進による産生増加などにより血中尿素窒素(BUN)値が上昇する.
2)各種循環病態における腎障害:
a)心原性ショック:
慢性心不全と同様機序により,腎前性高BUN血症がみられるが,ときに急性腎不全を呈する場合がある.急激な腎灌流圧の低下による尿細管上皮の虚血障害と壊死が主体と考えられる.交感神経系およびRAA系の活性亢進に加え,エンドセリン分泌の増加が重要な障害因子となる.血液透析を必要とする場合も多く,治療方針の決定のうえで,腎前性と腎性の鑑別は重要である.
b)感染性心内膜炎:
糸球体腎炎を合併する場合が多い.糸球体基底膜やメサンギウムへの免疫複合体の沈着が認められ,病変が局所的なものからびまん性のものまでその程度によって重症度が異なる.人工弁や障害弁に生じた感染性塞栓子が,腎に塞栓症を生じる場合がある.
c)血栓塞栓症:
心室瘤を伴う心筋梗塞や拡張型心筋症などに認められる左室壁在血栓や,心房細動例の心房内血栓,大動脈瘤や動脈硬化性プラークなどの血栓により,腎の塞栓・梗塞症が生じうる.
d)先天性心疾患:
ⅰ)チアノーゼ性先天性心疾患:右心系の負荷,特に大静脈圧の上昇,酸素分圧の低下,多血症などに関連してしばしば腎障害を合併する.組織的にはメサンギウム細胞の増殖を伴う糸球体の腫大,毛細管のうっ血,巣状糸球体硬化などを伴う糸球体腎炎に類似の病像を呈する.また高頻度に合併する高尿酸血症による尿細管障害も認められる.
ⅱ)大動脈縮窄症:縮窄部遠位側の腎灌流圧の低下によって,レニンの持続的分泌が生じ,縮窄部近位側の高血圧をもたらす.しばしば腎動脈の低形成や線維性過形成が認められる.心不全,心内膜炎,大動脈解離などの合併症も腎機能に影響を及ぼす.
ⅲ)大動脈瘤・大動脈解離:腎動脈に病変が及ぶと腎灌流低下が生じる.大動脈瘤内の血栓による塞栓や,大動脈解離で腎動脈入口部のフラップなどにより腎動脈の完全閉塞をきたす場合がある.急に高血圧を認めた場合などには,病変が腎動脈に波及した可能性を考慮すべきである.
e)虚血性心疾患と造影剤腎症:慢性腎障害の患者は,元来高率に無症候性心筋虚血を合併する.急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)発症後の慢性腎障害患者の予後は不良であるため,慢性腎障害患者の虚血発作には慎重な対応が必要である.逆にCCUに収容された急性冠症候群患者の最大の予後規定因子は腎機能とされている.インターベンションの際の造影剤による腎障害(contrast-induced nephropathy:CIN)の発症は,基礎的腎機能に依存する.その機序としてネフロンに対するヨード剤の直接毒性,腎に対するシャワー状の微小塞栓,両者による腎内血管収縮などが知られている.血液透析を要するCINは,1~2%程度とされるが,重篤化する場合もあり,適切な補液やNAC(N-acetyl-cysteine)投与などの予防策とともに,造影剤の使用量を最小限にする努力が重要である.
治療
1)利尿薬:
ループ利尿薬(フロセミド)はNa-K-2Cl共輸送体(NKCC2)の作用を阻害しNa利尿作用を発揮する.アルドステロン阻害薬は腎集合管のアルドステロン受容体を阻害し,Naおよび水の排泄を促進し,K,Mg排泄を抑制する.このため血清K値は低下せず,K保持性利尿薬に分類されている.アルドステロン阻害薬はループ利尿薬に比べて,利尿作用は緩徐であるが,ループ利尿薬の欠点である低カリウム血症,低マグネシウム血症の是正が期待できるため,ループ利尿薬との併用で使用されることが多い.サイアザイド利尿薬は遠位尿細管NaCl共輸送体(NCC)に働き,Na利尿作用を発揮する.高用量を用いた経験では降圧作用は用量依存性を示さず,副作用としての代謝異常などが全面に出てくるため,少量からの投与がすすめられている.バソプレシンによるV2受容体は腎集合管主細胞に作用し,アクアポリン-2(AQP-2)を管腔側細胞膜上に集簇させて,水の再吸収を引き起こす.低ナトリウム血症を呈する重症心不全例の治療において,バソプレシン2型受容体拮抗薬(V2RB)のトルバプタンが臨床応用されている.
2)Na利尿ペプチド:
Na利尿ペプチド(カルペリド)の腎での作用として,糸球体濾過(GFR)上昇作用および集合管,特に髄質内層集合管(IMCD)におけるNa・水再吸収抑制作用が重要である.さらに,近位尿細管でのNa再吸収抑制,および間質毛細血管血流増大によるHenle上行脚でのNa再吸収抑制により利尿作用を発揮する.降圧作用はこの腎作用以外に,血管平滑筋弛緩作用と,さらにレニン・アルドステロンの分泌抑制作用に起因している.
3)アンジオテンシン変換酵素(ACE)
阻害薬・AT Ⅱ受容体拮抗薬:
両剤は慢性心不全治療の基本的治療薬であるが,腎保護効果についても確立されている.しかし,これら薬物は腎の輸出細動脈優位の拡張作用によりGFRを低下させる作用があり,中等度以上の腎不全例(血清クレアチニン3.0 mg/dL以上,Ccr 30 mL/分未満)ではごく少量から慎重投与するべきである.アルドステロンの分泌低下を介してK・Mg保持性に作用するために,高カリウム血症に注意を要する.
4)ドパミン:
少量の静脈内投与(0.5~3 μg/kg/分)により,RBF,GFRの増加,FFの低下,近位尿細管の直接的Na再吸収抑制,アルドステロン分泌抑制を介して腎機能を改善,Na利尿効果を発揮する.腎機能障害を伴う高度の低心拍出状態では,ドパミンとドブタミンおよび硝酸薬の併用が心拍出量の増加と腎血行動態の両者の改善をもたらす.[藤野貴行・長谷部直幸]
■文献
McCullough PA: Interface between renal disease and cardiovascular illness. In: Heart Disease, 7th ed (Braunwald E, et al eds), pp2161-2172, Elsevier Saunders, Philadelphia, 2005.
Weber KT: Aldosterone in congestive heart failure. N Engl J Med, 345: 1689-1697, 2001.
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