内科学 第10版「心筋梗塞」の解説
心筋梗塞(虚血性心疾患)
急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)は,冠動脈に急性イベントが起こって発症する病態の総称であり,急性心筋梗塞症(acute myocardial infarction:AMI)と不安定狭心症(unstable angina:UA)が含まれる.さらに急性心筋梗塞症は心電図変化からST上昇型心筋梗塞(ST elevation myocardial infarction:STEMI)と非ST上昇型心筋梗塞(non-ST elevation myocardial infarction:NSTEMI)に分類される.
このうち非ST上昇型心筋梗塞と不安定狭心症はかなり共通する部分が多く,病態生理学的には不安定狭心症からもっと重症の不可逆的心筋壊死をきたす急性心筋梗塞に至るまでの連続的な病態ととらえられるため,両者を包括して急性冠症候群と称される. 心筋梗塞は,発症からの時間軸により急性心筋梗塞(acute myocardial infarction:AMI)と陳旧性心筋梗塞(old myocardial infarction:OMI)に分類される.
(1)急性心筋梗塞
定義
急性心筋梗塞は,急激に発症した心筋虚血を原因として臨床的心筋障害・心筋壊死がとらえられた状態である.2012年に欧州・米国の学会(European Society of Cardiology, American College of Cardiology Foundation, American Heart Association)と世界心臓連合(World Heart Federation)から急性心筋梗塞として以下のような定義を使用することが勧告された. 心筋の生化学的指標の有意な変化が認められること,および以下のうち1つ以上の所見がみられる場合に,急性心筋梗塞と定義する.①心筋虚血症状②新規に起こった有意なST-T変化または完全左脚ブロック③異常Q波の出現④新たな健常心筋の喪失や壁運動異常を示す画像所見⑤冠動脈造影または剖検所見での冠動脈内血栓の同定
疫学
日本における冠動脈疾患の罹患率・死亡率は欧米先進国に比べて低い.WHOの報告では2000年における急性心筋梗塞の死亡率は人口10万人あたり男性40.6,女性32.6であり,米国の男性72.7,女性64.6の半分程度しかない.しかし米国ではこの数字が減少傾向であるのに対し,日本では増加傾向にあり,高齢化とともに食生活を含めたライフスタイルの西欧化が関連していると思われる.
病因
ACSのほとんど(90%以上)は,冠動脈の動脈硬化性プラークの破綻,それに続く血小板凝集と血栓が原因である(図5-7-20).冠動脈硬化の進行に伴い粥腫が形成され成長すると,プラークが血管内腔に張り出すようになって冠動脈造影では軽度の狭窄病変として認められるようになる.プラーク内には脂質成分,血球,血管平滑筋細胞,細胞外基質などが含まれるが,これが平滑筋と線維成分が多くなると固い線維性プラーク(fibrous plaque)になり冠動脈内に突出する.この結果冠動脈狭窄を生じて労作狭心症の原因となるが,安定化するためにACSの原因にはなりにくい(図5-7-21).
これに対してプラークが多量のやわらかい脂質コアと活性化されたマクロファージTやリンパ球を豊富に含んでいると,マクロファージやTリンパ球が蛋白分解酵素(エラスターゼ,コラゲナーゼ,メタロプロテイナーゼなど)を放出し,これによって細胞外基質が分解され線維性被膜(fibrous cap)が菲薄化する.このようなプラークを「不安定プラーク(vulnerable plaque)」とよぶが,ここに交感神経の亢進や化学的因子,動脈硬化病変に伴う物理的なストレスが加わってプラークが破綻すると,プラーク内容物や組織因子によって血小板凝集や凝固系の活性化が起こり内皮細胞の破綻による抗血栓性低下もあいまって,血栓が冠動脈内に形成される.このほかに冠動脈内皮のびらん(erosion)やプラーク内への出血でも冠動脈血栓が形成される.
冠動脈プラークに血栓が加わることにより冠動脈血流が大きく障害されるため,病変部末梢心筋に強い心筋虚血を生じて心電図上ST低下を伴う胸痛発作を起こすことになるが,ここで生体内の線溶系が活性化して血栓を一部でも溶解すると血流が回復して心筋壊死に陥る前に虚血が改善して発作が消失する.このような「せめぎ合い」状態が不安定狭心症(UA)である.ここでプラークが修復して安定化すれば安定狭心症となる.もしこの高度虚血状態が遷延して心筋壊死を起こしてしまうと急性心筋梗塞(AMI)となるが,完全閉塞になっていなければ心電図上はST低下を呈し非ST上昇型急性心筋梗塞(NSTEMI)とよばれる.このような場合,臨床的に心筋壊死の有無は心トロポニンなどの血液マーカーが,ある基準値をこえたかどうかで判断される.したがってUAとNSTEMIは心筋虚血の程度により区別されているだけの連続的な病態であることがわかる.
これに対して,プラーク破綻により形成された血栓により冠動脈の完全閉塞が持続すると,下流の心筋虚血は貫壁性となりST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)となる.冠動脈プラーク破綻と血栓形成の機序は同じであるが,NSTEMIとは臨床所見や初期管理が異なるために,診療ガイドラインなどではNSTEMI/UAとは別に取り扱われる.
このほかにACSのまれな原因として,冠動脈スパズム,冠動脈塞栓,血管炎があげられる.冠動脈スパズムは日本人に比較的多い病態であり,冠動脈塞栓症は心内血栓を作りやすい病態-僧帽弁狭窄症や心房細動,人工弁置換術後などがおもな原因である.血管炎は全身の炎症性疾患の一部として,自己免疫疾患でまれにみられる. 冠動脈高度狭窄・閉塞による心筋傷害の大きさは,①閉塞血管が支配する領域の大きさ,②完全閉塞かどうか,③閉塞している時間,④側副血行路からの虚血領域への血流,⑤心筋虚血に陥った領域での心筋酸素需要,⑦再灌流した場合の虚血部への血流の流れ方と局所の反応に規定される.
a.ST上昇型急性心筋梗塞(ST elevation myocardial infarction)
ACSのなかで,急性期に12誘導心電図にてST上昇を認めるものはST上昇型急性心筋梗塞(STEMI)とよばれる.
臨床症状
1)自覚症状:
半数近くの症例は,急性心筋梗塞発症前に狭心発作など何らかの症状を呈するといわれている.さらに狭心症が不安定化した後に急性心筋梗塞を発症している例が,梗塞前狭心症を有する例の約半数にみられる.急性心筋梗塞発症時の典型的な症状は胸骨下部ないし左前胸部を中心とした激烈な疼痛で,押しつぶされる,締めつけられる,棒をねじ込まれる,焼かれるなどと表現され,30分から数時間持続する.左胸,胸部全体,心窩部,背部の痛みで発症することもあり,上腹部痛で発症したものは消化器疾患と誤診されることがある.同時に左肩,左上腕,頸部,下顎に関連痛をみることもある.随伴症状として,悪心・嘔吐,冷汗,意識障害などを高率に合併し,症状全体が「死の恐怖」や極度の「不安」を伴うことが特徴的である. ただし高齢者では胸痛なしに急性心筋梗塞症を発症することがある.無痛性心筋梗塞は糖尿病患者でも少なからずみられる.
2)身体所見:
大部分の例では,発症時は極度の不安と苦痛を伴った表情をしている.顔面は蒼白で冷感があり,手足の末梢には冷感があるのが普通である.合併症のない急性心筋梗塞の大半の症例では血圧・脈拍は正常範囲内にあるが,そのなかでも前壁梗塞例では交感神経緊張状態にあるため頻脈・血圧上昇傾向を示し,下壁梗塞の約半数例では迷走神経緊張状態となって徐脈・低血圧傾向を示すことが多い.
前胸部の視診では,大きな前壁梗塞などで心尖拍動が収縮期に膨隆するように観察されることがある.心室の収縮・拡張障害によりⅢ音,Ⅳ音を聴取することもまれではなく,僧帽弁乳頭筋の虚血が起こると,心尖部に僧帽弁逆流を示す収縮期雑音が聴かれることもある.発症後数日して心膜炎を併発すると心膜摩擦音が聴取される. 左心不全から全身のうっ血症状を呈するようになると,頸静脈の怒張が起こる.静脈の怒張が著明にもかかわらず,聴診上,肺野が清の場合には右室梗塞を疑う.
また,肺野での湿性ラ音の聴取は,急性心筋梗塞の予後を左右するポンプ失調の合併の診断に欠かせない重要な所見である.
検査成績
急性心筋梗塞の確定診断を行うための検査所見としては,①心電図,②血清心筋マーカー,③画像所見,④組織壊死・炎症の非特異的指標の4つがあげられる.
1)心電図:
急性心筋梗塞の心電図所見は,梗塞部位や冠動脈の状態,発症からの時間により大きく異なる(図5-7-22,5-7-23).1枚の心電図では診断確定に至らず,経時的に記録することによって診断できる場合も少なくない.
冠動脈が完全閉塞して貫壁性の急性心筋梗塞を形成した,定型的な心電図経過を図5-7-24に示す.冠動脈の急激な閉塞に伴い,ごく初期には虚血部位に相当する誘導でT波の増高が起こり,引き続きST上昇が認められるようになる.このとき虚血部とは異なる部位での誘導で対側性のST低下がみられることが重要であり,これによってST上昇部位での冠動脈のイベントであることが推定できる.そしてこのような典型的なST上昇を伴う一連の心電図変化は,冠動脈の閉塞部位に一致した広がりを示す.冠動脈の閉塞が続くとその後Q波が形成されるようになるが,その発現時期は数時間から数日と個々の病態によりかなりの開きがある.ST部分が徐々に基線に近づくようになるとT波の終末部から陰転が始まり,後に深い対称性の冠性T波を形成するようになる.その後数週間から数カ月,あるいは年の単位で陰性T波が徐々に浅くなり,最終的には陽転してしまうことも少なくない.
これに対して,急性期にこのような定型的な心電図変化を示さない例が40%近く存在する.脚ブロックなど新たな心室内伝導障害の発生も急性心筋梗塞発症時によくみられる所見であるが,ST-T変化ばかりでなく,Q波もマスクされてしまうことがあるため,診断に困難を生じる場合がある.しかしながら右脚ブロックにおけるQ波は前壁・下壁梗塞ともに評価可能であり,一般に心室内伝導障害を伴うような急性心筋梗塞は多枝病変や大梗塞・低心機能を伴う重症例が多いことに留意する必要がある.陰性U波も強い虚血発作に伴い,まれならずみられる所見である.これはⅠ,Ⅱ,Ⅴ4〜6誘導で記録されやすいが,左冠動脈前下行枝の高度狭窄による心筋虚血を反映することが多いとされている.
2)血清マーカー
: 血清マーカーは急性心筋梗塞の診断に不可欠である.特に心筋傷害のマーカーはこれまでさまざまなものが使用されてきたが,臨床的に有用な指標は,心筋特異性が高く,血中出現が早く,正常化までの時間が長いもので,計測が簡便かつ安価なものということになる.現在,急性心筋梗塞の診断と梗塞サイズなど重症度判定に用いられているマーカーを以下に示す. a)クレアチンキナーゼ(CK):CKは急性心筋梗塞発症後4時間から上昇しはじめ,冠動脈閉塞が続くと約24時間で最大値となり,2~3日で正常化する.この際のピークCK値や血中CK値を積分して得られるCK総流出量が心筋梗塞サイズとよく相関することが知られており,急性心筋梗塞の予後マーカーの1つとして使用されてきた.ただ再灌流療法などで冠血流が再開すると組織からのウォッシュアウト効果により早期により大きなCKのピークが認められる.この場合にはピークCKも梗塞サイズの推定には役立たないことになる.CKは心筋以外の筋疾患,激しい運動後,筋肉注射後,肺梗塞でも上昇する. b)CKアイソザイム,CK-MB:CKは電気泳動によってCK-MM(骨格筋型),CK-MB(心筋型),CK-BB(脳,腎臓型)に分かれ,心臓にはCK-MMとCK-MBが存在する.CK-MBは骨格筋に存在せずほぼ心筋特異的であるため,臨床的に有用な急性心筋梗塞症のマーカーである.ただCK-MBの上昇の程度は総CKに比べて小さいため,経時的な採血が必要で総CKとの比で2.5%以上であれば心筋傷害が存在する可能性が高いといわれている.最近は後述の心筋特異的マーカーの出現により,その臨床的意義は小さくなりつつある. c)心筋特異的トロポニン:トロポニンT(TnT)とトロポニンI(TnI)は心筋および骨格筋に存在するが,心筋特異的なアイソザイムが存在するため心筋に特異的なモノクローナル抗体を産生することが可能になった.この抗体を用いて心筋特異的トロポニンT(cTnT),トロポニンI(cTnI)の定量的測定が広く行われるようになった.両者ともに心筋特異性が高く,正常では末梢血中に存在しないため,測定値のカットオフレベルを低く設定することができる.ひとたび心筋傷害が起こるとcTnT,cTnIは正常の20倍以上の上昇を示し,しかもこれがcTnTでは10~14日,cTnIでは7~10日持続するため,急性心筋梗塞が疑われるが典型的な所見は認められない場合などにきわめて有用なマーカーである.このため前述の急性心筋梗塞の定義にはこのトロポニンを使用することが推奨されている. d)その他のマーカー:ミオグロビンは急性心筋梗塞発症後1~2時間で上昇し,4時間でピークを迎えるきわめて動態の早いマーカーである.心筋特異的でないためその役割は補助的ではあるが,発症超早期のマーカーとしての有用性が認められる.このほか,ミオシン軽鎖(myosin light chain:MLC),心臓脂肪酸結合蛋白(heart fatty acid binding protein:hFABP)などが心筋特異的マーカーとして使用されているが,CKやcTnT, cTnIに比べて優位性が認められるまでには至っていない. e)非特異的炎症マーカー:急性心筋梗塞発症後,梗塞部での炎症性変化に伴い,白血球数やCRPなどの非特異的炎症マーカーも上昇し,ときに1週間以上持続することがある.
3)画像診断:
a)心臓超音波検査:急性心筋梗塞の画像診断法として現在最も汎用されている検査法である.急性心筋梗塞ではすべてといってよい症例で壁運動異常が存在する.左室壁運動異常は責任冠動脈病変の部位に応じて現れるため,左室を16分画し壁運動を評価することで冠動脈病変部位の想定が可能である.ただ超音波検査では,検出された壁運動異常が急性心筋梗塞によるものか陳旧性心筋梗塞の瘢痕によるものか,あるいは一過性の虚血によって生じているものかの区別は不可能である.このほか,右室梗塞,心室内血栓,心室瘤,心膜液貯留,心室中隔破裂(ドプラ検査併用により)など,急性心筋梗塞におけるさまざまな病態を検出することが可能である. b)心臓核医学検査:検査が煩雑であることと感度・特異度の問題から急性心筋梗塞の診断に一般的に利用されるまでには至っていない.201Tl心筋シンチグラム,99mTc-セスタミビでは虚血部位は欠損像として描出されるが,これ自身は急性心筋梗塞の部位を表すものではない.急性心筋梗塞の部位を同定するのに99mTc-ピロリン酸を用いて陽性像として描出する方法があるが,急性心筋梗塞発症後3~7日の間に施行しなくてはならないなど煩雑なため,実際の施行はほかの検査で梗塞部の同定が難しい場合などに限られるのが現状である.
診断
2012年に勧告された定義に基づき,心筋の生化学的指標の有意な変化(特に心筋トロポニンの上昇の確認が推奨されている)が認められること,下記の所見のうち1つ以上がみられる場合に急性心筋梗塞と診断する.①心筋虚血症状②新規に起こった有意なST-T変化または完全左脚ブロック③異常Q波の出現④新たな健常心筋の喪失や壁運動異常を示す画像所見⑤冠動脈造影または剖検所見での冠動脈内血栓の同定 実際には,胸痛で受診した患者のうち急性心筋梗塞であったのはごく一部であること,また急性心筋梗塞症例でも定型的な心電図変化を呈する症例は全体の半分以下であることから,これらの疑わしい所見に心筋の生化学的指標の上昇をもって急性心筋梗塞と診断される例も少なくないのが現状である.
鑑別診断としては,表5-7-5に示した疾患があげられる.
初期情報のまとめ
急性心筋梗塞の診断は前述の情報を総合することにより可能であるが,臨床現場では患者の初期情報を統合・分類・整理することにより,病態の特徴と重症度を判定し,初期治療の意思決定を行わなくてはならない.以下にそのなかでも重要なものについてあげる.
1)梗塞部位:
心筋梗塞の部位や範囲は,心エコーや核医学検査などの画像検査を用いて詳細に同定できるようになったが,診断名としての梗塞部位は原則として心電図診断である.Q波梗塞ではQ波の出現した誘導,非Q波梗塞ではR波の減高した誘導(R波減高もない例ではST上昇の誘導)から,表5-7-6を参考に梗塞部位を表現する. 右室梗塞については心電図所見だけからの部位診断ではなく,その診断基準については後記する. 一方,非Q波梗塞でQRSの変化に乏しく,ST低下型の心筋梗塞症例では心電図からの梗塞部位診断がしばしば困難な場合がある.心室内興奮伝導異常(左脚ブロック・WPW症候群など)や心室ペーシングリズムの例でも同様に部位診断は困難である.このような症例では,心エコーや核医学検査所見と合わせて梗塞部位を判定することになる.
2)Q波梗塞・
非Q波梗塞:
異常Q波の出現の有無からQ波梗塞(QMI),非Q波梗塞(NQMI)に分類する.以前は貫壁性,非貫壁性という表現が用いられたが,臨床的な所見から病理組織学的所見を推定することが困難なことがあるため,心電図所見をそのまま使用した表現が一般的になっている.
異常Q波の定義は,原則として幅が0.04秒以上で,深さがR波の25%以上とされるが,後壁梗塞ではV1のR/Sが1以上でRの幅が0.04秒以上の場合,Q波梗塞と同等として扱われることが多い.
3)発症からの時間と心筋梗塞のステージ分類:
心筋梗塞は発症後以下の3つのステージに分けることができる.①急性期(発症後数時間から7日まで)②回復期(7~28日)③治癒期(29日以降) 心筋梗塞を診断する際にはこのような病期のどの時点にいるのかを認識しながら,検査のデータを解釈することが重要である.施設によって若干基準は異なるが,①が急性心筋梗塞であり,それ以降は陳旧性心筋梗塞となるが,②をRMI(recent myocardial infarction),③をOMI(old myocardial infarction)と区別してよぶこともある.
4)来院時のバイタルサインとポンプ失調の程度:
来院時にショック症状を呈しているものは,現在でも死亡率が高い超重症例である.この心原性ショックを含め,来院時のポンプ失調の程度から急性心筋梗塞を分類したのがKillip分類(表5-7-7)であり,現在でも急性心筋梗塞の初期情報の1つとして重要である.
管理
1)発症から病院まで:
STEMIの院内死亡率は,CCUの管理と冠再灌流療法の普及により7%前後となったが,これは真の死亡率ではない.病院到着前,すなわちSTEMI発症早期に総STEMI患者の14%が心室細動による心停止に陥り死亡している.この心室細動は心臓性院外突然死例の60%を占める.より迅速なAEDによる電気的除細動が生存率を有意に改善させることが知られており,STEMIの発症超早期の患者教育と病院前救護対策が重要である.わが国でも公共の場にAEDが設置され始めた.AED使用を含む市民による迅速な119番通報と迅速な心肺蘇生法(cardiopulmonary resuscitation:CPR)の啓蒙・普及がますます重要になっている.
したがって入院前治療における重要な要素は,①症状が起こったら患者に早く救急隊あるいは病院にアクセスしてもらうこと,②電気的除細動を含めた心肺蘇生が施行できる救急チームを一刻も早く患者のもとへ派遣すること,③高度蘇生術および心臓救急が行えるスタッフをそろえた医療施設に速やかに移送すること,④迅速な再灌流療法の開始があげられる.このなかで通常最も時間がかかっているのが,①の症状が出てから患者が助けを求めて連絡するまでの時間(patient’s delay)であり,この改善には普段からの心臓発作に対する地域での教育が不可欠である.
2)救急治療室での初期管理:
急性心筋梗塞の疑われる患者,または診断された患者が到着した場合には,疼痛のコントロール,初期情報からの重症度評価,および再灌流療法の適応決定がポイントである.救急室における診療の流れを図5-7-25に示す.
初期評価から患者の病状に応じて適切な薬剤の投与を行う.特に心原性ショック例・顕性心不全例では,ショック・心不全状態からの早期離脱を最優先とした薬剤の選択を行う.また低酸素血症が存在する場合には酸素投与を開始する.
血行動態が安定している場合には,禁忌がなければまずアスピリンを投与する.
胸痛の持続は患者の不安を増強させ,心筋酸素需要増加の原因となるため,早急に軽減させる必要がある.血圧低下や高度徐脈がない例ではまずニトログリセリンの舌下投与を試み,左室前負荷軽減と梗塞関連血管および側副血行路の拡張による虚血の改善を試みる.効果がみられた場合には,静脈内投与で硝酸薬を継続する.これが無効のときには速やかにモルヒネなどの麻薬性鎮痛薬を投与する.モルヒネはニトログリセリンと同様に静脈性の血管拡張作用を有するため,肺うっ血を有する例では前負荷軽減の効果を期待できるが,それ以外の例では前負荷低下による血圧低下に注意する必要がある.
β遮断薬は発症早期からの使用により梗塞サイズの縮小や合併症の発生率低下が得られることが知られている.β遮断薬の禁忌(表5-7-8)がなければ,短時間作用型の薬剤を少量から投与を開始し,効果がみられれば内服薬に移行する.
下壁梗塞に伴う第Ⅱ度房室ブロック,低心拍出を伴う洞機能不全などの徐脈性不整脈がみられる場合には,迷走神経遮断作用を有するアトロピンが有効である. この間に標準12誘導心電図を記録する.ここまでの処置は目標10分以内で行い,ST上昇が確認されてSTEMIと診断したら,直ちに再灌流療法に向けて準備を行う.
3)急性期再灌流療法の適応と実施方法:
再灌流療法には,血栓溶解療法とPCI(経皮的冠動脈インターベンション)治療がある.最近の研究報告から緊急PCIが可能な場合にはPCIが優先されるが,STEMIではいかに早期に良好な再灌流を得るかが短期および長期予後を左右する.冠動脈血流の程度を血管造影で分類したものにTIMI(thrombolysis in myocardial infarction)分類があるが(表5-7-9),ここで“良好な血流”とは冠動脈造影上いったん閉塞していた冠動脈枝が末梢まで良好に造影されるTIMI 3の血流を指す.
患者が来院した場合の救急治療室での診断アルゴリズムを図5-7-26に示す.STEMIでは早期の再灌流療法施行が予後に大きく影響するため,早期診断,早期治療が重要である.図5-7-25に示すように,患者到着後10分以内にバイタルサインのチェック,連続心電図モニターを行い,簡潔かつ的確な病歴聴取とともに12誘導心電図を記録し,血液生化学検査を行う.STEMIと診断して再灌流療法適応と判断した場合には初期管理は時間との勝負であり,血栓溶解療法の場合は患者到着から血栓溶解薬投与開始までの時間(door-to-needle time)を30分以内に,PCIでは患者到着から閉塞部のバルーン拡張までの時間(door-to-balloon time)を90分以内にすることが目標である. 緊急PCIが可能な施設の場合の対応アルゴリズムを図5-7-26に示す.発症後12時間以内は原則PCIを優先するが,そのときの施設の状況で血栓溶解療法を先行する場合がある.発症後12時間以上経っている場合でも胸痛やST上昇が続いていれば早期にPCIが選択される.緊急PCIが施行できない施設の場合には,できるだけ早くPCI可能施設へ転送が原則であるが,この場合血栓溶解療法を先行させるかどうかは転送に要する時間を考慮しながら転送先と相談して決定する.
緊急PCIの手順は,大腿動脈または橈骨動脈など上肢の動脈からカテーテルを挿入し,ガイドワイヤーを閉塞冠動脈に進める.閉塞部通過に成功したら最近は血栓吸引カテーテルを用いて血栓吸引を行うことが多い.その後は通常ステントを充塡したバルーンカテーテルを挿入して病変部を拡張しステントを留置する.使用するステントにはベアメタルステント(BMS)と薬剤溶出性ステント(DES)があるが,どちらを使用するかは患者の状態や抗血小板薬の長期管理上の特徴を考慮して決定する(図5-7-27).
血栓溶解療法に用いられる薬剤にはウロキナーゼ,組織型プラスミノーゲンアクチベーター(tissue plasminogen activator:t-PA)があるが,静注用には一般に血栓選択性のt-PAが使用されている.血栓溶解療法には表5-7-10に示す禁忌と注意事項がある.
4)早期の一般的処置と薬物療法:
初期治療終了後はCCUにて集中監視を行いながら治療を継続する.緊急PCI施行例では,待機的PCIに準じてヘパリンを使用する.さらに,まれではあるが重大な合併症であるステント血栓症を予防するため,抗血小板薬としてアスピリンに加えてクロピドグレルなどチエノピリジン系薬剤を併用する.
これに加えて,急性期からの投与により心筋酸素需要の抑制,梗塞サイズの縮小,左室リモデリング予防効果を有するβ遮断薬とACE阻害薬またはアンジオテンシン受容体遮断薬(ARB)硝酸薬を投与する.さらに近年急性期からの投与が虚血イベント減少をもたらすことが報告されたスタチンも早期に開始される. 硝酸薬については,予後改善効果については明らかではないものの,虚血症状が持続する場合,高血圧,心不全合併例で,虚血部位の灌流改善や壁ストレス軽減による酸素需要低下効果を期待して投与が推奨されている.
5)早期合併症とその対策:
a)不整脈:急性心筋梗塞に伴う不整脈は発症後きわめて早期に発生し,病院収容前の心室細動に対する対処が重要であることは前述のとおりである.厳重な心電図モニターと適切な対処により,急性心筋梗塞後の不整脈管理は格段の進歩を遂げている.①心室性期外収縮:頻回,多源性,あるいは拡張早期に発生する心室性期外収縮は,心室頻拍,心室細動予防のための薬物療法の適応である.これ以外の場合に,「予防的」リドカインなどの抗不整脈薬の投与は根拠がないことが知られている.低カリウム血症,低マグネシウム血症などの是正がまず求められる.薬物療法としては急性期には静注のリドカインが用いられるが,長期的にはβ遮断薬が有効であることが知られている.②心室頻拍・心室細動:急性心筋梗塞発症24時間以内では,何の警告もなく突然心室頻拍,心室細動が起こりうる.以前はこの予防にリドカインが用いられてきたが,徐脈や心停止のリスクを上げるだけで重篤な心室性不整脈の予防効果が明らかでないことがわかり,現在ではβ遮断薬の投与が最も一般的である.心室頻拍が起きても血圧など血行動態が安定していれば,リドカイン静注で洞調律への復帰を期待できるが,血圧低下例や心室細動では速やかに電気的除細動を行う.急性心筋梗塞発症後72時間以内に発生する心室頻拍は,長期予後には影響しないとされている.しかしながら,これ以降に生じた心室頻拍は遠隔期の突然死など予後にかかわる可能性があるため,電気生理学的検査で重症度を判定して植え込み型除細動器の適応を決定する.③上室性不整脈:急性心筋梗塞急性期の交感神経系の活性化に伴う洞性頻脈が最も多くみられ,程度が強く心筋酸素需要を大きく増加させていると考えられる場合にはβ遮断薬を投与する必要がある.次に多いのが左室機能不全に伴う左房圧上昇が原因で生じる心房粗・細動である.ジゴキシンが心拍数コントロールに有用であるが,もし急性心不全の状態でなければβ遮断薬も有効である.これらが持続して心機能低下の一因となっている場合には電気的除細動を施行する.④洞徐脈:右冠動脈閉塞による下壁梗塞では,迷走神経刺激状態になるためによくみられる状態である.高度の徐脈にはアトロピン静注が用いられるが,持続する場合には一時的ペースメーカを挿入することもある.イソプロテレノールを投与して心拍数を上げることは,重篤な頻脈性心室不整脈を誘導することがあり避けることが望ましい.⑤房室ブロック,心室内伝導障害:下壁梗塞でよくみられる不整脈であり,迷走神経緊張および刺激伝導系の虚血の両方が原因となって発生することが多い.一時的ペースメーカを挿入して右室ペーシングを行うことが,最も確実で有効な治療手段である.多くの例では数日から1週間で回復してペースメーカを抜去することができ,恒久的ペースメーカが必要になる例はまれである.
b)ポンプ失調:急性心筋梗塞発症後,左室では梗塞部・非梗塞部ともにサイズや壁厚,壁運動に大きな変化が起こる.発症直後から左室は拡張を始める.最初は梗塞部心筋のロスから壁の菲薄化が起こって膨隆してくるが,その後非梗塞部においても残存心筋に過大なストレスがかかりつづけるために心室の拡大が起こってくる.このような過程を左室リモデリングとよぶ.このような左室リモデリングは急性期の硝酸薬投与でわずかながら抑制できることが知られており,心筋虚血の改善とともに急性期に硝酸薬の持続静注を行う根拠になっている.長期的にはACE阻害薬が左室リモデリングを抑えることが知られており,心機能低下のあるなしにかかわらず梗塞後のACE阻害薬投与が推奨されている.
c)血行動態モニターと心機能曲線からみた急性心不全治療:ポンプ失調からくる心不全は急性心筋梗塞症後急性期死亡の第一の原因である.これは大きな心筋壊死を起こした結果残存心筋が希少となり,生体が必要とするだけの心拍出量を保てないために起こるものである.心不全徴候が明らかな場合,Swan-Ganzカテーテルのような肺動脈カテーテルを留置して,血行動態をモニターしながら治療が行われる.肺動脈カテーテルから得られた肺動脈楔入圧と心係数から,血行動態からみた急性心筋梗塞症の分類を行ったのがForrester分類である(図5-7-28).
サブセットⅠではポンプ失調は存在しないが,サブセットⅡでは心拍出量は保たれているものの前負荷が過度にかかっていて肺うっ血症状を呈していると考えられる.この場合の治療原則は「減負荷療法」であり,利尿薬や静脈拡張が主体の血管拡張薬(硝酸薬など)により,PCWPが低下してサブセットⅠに入ることができるようになる(図5-7-28の矢印①).これに対してPCWPが高値にもかかわらず低心係数であるサブセットⅣに血行動態がある場合には,ポンプ失調は重症であり死亡率も高く,減負荷療法だけでは血行動態は改善しない.ドブタミン,ドパミンなどの強心薬を投与して心筋収縮力を上げることでStarling曲線を左上にシフトさせたうえで利尿薬や血管拡張薬で減負荷療法を行うことが必要である(図5-7-28の矢印②).
Forrester分類は肺動脈カテーテルを挿入しないと計測できないという不便さがあるが,2003年に提唱されたNohria-Stevenson分類はうっ血所見と低灌流という臨床所見からの分類であり,その簡便性・迅速性とすぐれた予後予測効果から,最近は心筋梗塞発症後の心不全を含めた急性心不全の重症度分類に汎用されている.
d)心原性ショック:近年の急性心筋梗塞治療の進歩に伴い心原性ショックに陥った急性心筋梗塞症例は減少してきているが,いったんこれに陥ると現在でも死亡率の高い(70%に達する)状態である.その80%は広範な心筋壊死に伴うものであり,残りが心室中隔破裂や乳頭筋断裂など急性心筋梗塞の機械的合併症に基づくものである.低心拍出が病態の中心で,血圧低下,主要臓器灌流障害による意識障害,乏尿,四肢冷感,アシドーシスなどが特徴である.機械的合併症の場合には緊急手術となるが,それ以外の場合にはドパミン,ドブタミンなど強心薬による治療には限界があるので,大動脈内バルーンパンピング(intra-aortic balloon pumping:IABP)など補助手段を導入して,できるだけ早くPCIまたは冠動脈バイパス手術(CABG)で閉塞冠動脈の再灌流をはかることが予後を改善すると報告されている.
e)右室梗塞:右冠動脈近位部で主要右室枝を分枝する手前で冠動脈の閉塞が起こると,左室の下壁梗塞とともに右室壁の虚血が発生する.およそ下壁梗塞の半数に何らかの形での右室の虚血を伴うとされているが,典型的な右室梗塞の徴候を示すのは下壁梗塞のうち10%程度である.
右室梗塞は,①右側胸部誘導でのST上昇(図5-7-23,5-7-29A),②心エコー図での右室拡大とアキネジア,ジスキネジア,③平均右房圧≧10 mmHgと高値であるがPCWPとの差が小さい(<5 mmHg)こと,④右房圧波形のnon-compliant pattern(深いY谷),⑤PA交互脈などの所見のどれかが1~2項目存在し,収縮性心膜炎や右室負荷疾患が否定されたときに診断できる.右室からの拍出が低下するために後方障害としての右房圧・静脈圧上昇の所見とともに,肺循環からの左室前負荷が減少するために,肺うっ血はないが左室からの心拍出量も低下し,Forrester分類ではサブセットⅢに入ることになる.このような例にニトログリセリンなど硝酸薬を投与するとますます静脈還流が減少して血圧低下をきたしやすい.むしろStarling曲線上において,大量補液により左室前負荷を少し上昇させることにより心拍出量の増加を見込めるようになる点が,右室梗塞の血行動態と治療の特徴である(図5-7-28の矢印③).
f)心破裂(機械的合併症):急性心筋梗塞発症後に突然肺うっ血の増強と低心拍出を伴う血行動態変化をみたら,機械的合併症の発生を考えなくてはならない.機械的合併症としては,心室中隔破裂,僧帽弁乳頭筋断裂,左室自由壁破裂があげられるが,これらは急性心筋梗塞発症後1週間以内に起こることが多い.①心室中隔破裂:新たな収縮期雑音の発生と急激な肺うっ血を起こしたときには心室中隔破裂または僧帽弁乳頭筋断裂を考える.前壁梗塞では心尖部よりの中隔,下壁梗塞では心基部よりで破裂することが多いが,これはドプラ心エコー検査にて診断が可能である.②僧帽弁乳頭筋断裂:前乳頭筋の破裂の場合には,ここへの血流が多重支配になっているためよほど広範な前壁梗塞を起こすようでないと発生しないが,後乳頭筋断裂はこの部分が左回旋枝からの1本の枝で灌流されているため,この枝の閉塞による小さな下・側壁梗塞でも発症しうる.治療は僧帽弁置換術・形成術となる.③左室自由壁破裂:急性心筋梗塞症の死因のうちポンプ失調についで高い死亡原因である.高齢者,女性,広範な初回梗塞例,再灌流療法不成功例に多いとされ,穿孔型(blow-out type)と滲出型(oozing type)がある.前者は救命が難しいが,後者では緊急手術により救命に成功する例も少なくない.
g)梗塞後狭心症:血栓溶解療法施行例や多枝病変例などで,冠動脈に高度狭窄を残している例で起こることがある.心筋梗塞の再発はさらなる心機能低下をきたして重篤な病態をきたすことになるので,早めの冠動脈造影と適切な血行再建術が必要とされる.
h)その他の合併症:心膜炎は約1/4の急性心筋梗塞症症例で,発症後数日で起こってくる.心筋梗塞の拡大や心筋虚血の症状とまぎらわしいが,痛みが背部の僧帽筋方向へ広がることと心膜摩擦音を聴取できることが特徴である.多くの場合,アスピリンで治療可能である【⇨5-7-4)-(2)の心筋傷害後症候群】.
また,左室内血栓が原因で起こる血栓塞栓症も重大な合併症である.大きな前壁梗塞例に多く,心臓超音波検査などで梗塞部に壁在血栓の存在が疑われたら,早めに抗凝固薬による治療を開始することが重要である.
6)回復期の管理と評価:
STEMIの予後は,左室機能,梗塞サイズおよび虚血リスクにさらされている心筋の大きさに規定される.心臓超音波検査による左室機能評価に加えて,心筋血流製剤(201Tl,90mTc-MIBI,90mTc-tetrofosmin)による核医学イメージングが有用である.最近,心臓MRイメージングでの心室機能評価やガドリニウム遅延造影による傷害心筋評価の有用性が報告されている.
急性期治療により病態が安定したら,長期予後を考えた薬物治療を継続する.アスピリン,β遮断薬,ACE阻害薬は,心筋梗塞症の再発予防,心室リモデリング予防,心不全予防,突然死予防に有効であることが,数々の臨床試験から知られており,副作用がないかぎり長期的に継続していくことが推奨される.
冠動脈疾患のベースとなる動脈硬化リスクファクターのコントロールもきわめて重要である.このなかで,禁煙,肥満の改善,糖尿病のコントロール,脂質異常症のコントロールが重要であるが,特にLDLコレステロール値の低下にはHMG-CoA還元酵素阻害薬(いわゆるスタチン)が有効であり,長期的に心筋梗塞の再発を減少させる効果が実証されている.
これらと並行して心臓リハビリテーションを進めていく.離床後は病棟でバイタルサインや心電図をチェックしながらリハビリテーションを進める.その後適正なトレーニング強度の決定のために心肺運動負荷試験を行い,有酸素運動閾値(anaerobic threshold:AT)および最大酸素摂取量(VO2max)を確認し,運動処方を行う.これらの運動療法により運動耐容能の改善や再発率低下,生命予後改善効果のあることが報告されている. 基本的にはATレベル以下の運動強度で行うが,この時期でも急に血行動態が不安定になることがあるので,開始前のメディカルチェックが必要である.
b.非ST上昇型急性心筋梗塞(non-ST elevation myocardial infarction)と不安定狭心症(unstable angina)
概念
ACSのなかで,急性期に12誘導心電図にてST上昇がみられないものは非ST上昇型急性心筋梗塞(NSTEMI)とよばれ,前述のように不安定狭心症(UA)と連続した病態であることが明らかになってきたため,両者を同一カテゴリーで扱うことが通例となっている.
病因
多くのSTEMIと同様に冠動脈の動脈硬化性プラーク破綻やびらんにより,局所に血栓が形成されて冠動脈を一時的に閉塞したり高度狭小化をきたすことが主因である(図5-7-20).このほかに冠動脈攣縮(スパズム)が関与していると考えられる症例が少なからずみられる.日本人は欧米人に比べて冠攣縮性狭心症の頻度が高いので,ACSの発症メカニズムとしてスパズムも念頭に入れておく必要がある. 冠動脈が完全に閉塞し血流が遮断されるとST上昇が起こるが,閉塞せず高度狭窄の状態であったり,閉塞しても早期に側副血行路が発達したりすると,心内膜側に限局した心筋虚血にとなり非ST上昇型ACSとなる.
診断・重症度評価
臨床症状はSTEMIと同様であり,診断プロセスも身体所見,心電図に続いて心エコーによる壁運動異常の検出と血液生化学検査を行う.病歴上からはBraunwaldが提唱した不安定狭心症の分類(1989年)が現在でも重症度を評価して初期治療方針決定に重要である(表5-7-11).
心電図変化についての一般論は別項に譲る【⇨5-4-1)】.発作時心電図ではST低下,T波陰転,陰性U波出現など多彩な波形を示すが,ST低下が遷延する例は冠動脈高度狭窄例が多く,広範なST低下を示す場合には多枝病変の存在が多いので注意が必要である.新規の左脚ブロック出現も高リスクのACSを示唆する重要な所見である.
さらに最近は生化学的指標として,CK,CK-MBとともにトロポニンT(TnT)あるいはトロポニンI(TnI)測定が一般化している.一定以上のCK上昇があればNSTEMIと診断されるが,CK上昇が明らかでなくUAの範疇であってもTnT,TnIが上昇していると微小心筋壊死が推定され,高リスクと認定される.
このような病歴,自覚症状,心電図所見,生化学的マーカーを含めたUAのリスク分類を表5-7-12に示す.また,このような複数の危険因子の組み合わせから評価するTIMIリスクスコア(表5-7-13)が汎用されており,スコアが増加するにつれ相乗的に予後が悪化することが示されている.
治療
リスクに基づいた初期対応が重要であり,まず表5-7-12,5-7-13を用いてリスク評価を直ちに行う.中リスク以上の患者は原則入院とし高リスク患者は心電図監視が可能なCCUあるいはこれに準ずる病室へ収容する.心電図モニター下でベッド上安静とし,アスピリン,ヘパリンと硝酸薬・β遮断薬を投与する.
高~中リスク患者に対する治療戦略は,直ちに冠動脈造影を行い適応があれば冠血行再建術(PCI,CABG)を行う“早期侵襲的治療”か,いったんCCUで内科的治療を行い,その後症状再燃や心不全,虚血の出現があったら冠動脈造影⇒冠血行再建を行うという“早期保存的治療”の2つに分けられる(図5-7-30).数々の臨床試験結果から,最近は中リスク以上でTnTが陽性の場合には早期侵襲的治療が行われることが多くなっている. 亜急性期以降の管理はSTEMIと同様であり,運動負荷試験や画像診断結果により冠動脈造影を行いPCIやCABGの適応を考慮する.長期管理に当たっては,冠危険因子のコントロールを十分に行い,日常生活についての患者教育をきめ細かく行うことが重要である.
(2)陳旧性心筋梗塞(old myocardial infarction:OMI)
定義・概念
2012年に欧州・米国の学会(European Society of Cardiology,American College of Cardiology Foundation,American Heart Association)と世界心臓連合(World Heart Federation)による定義では,以下の所見が1つでもある場合に陳旧性心筋梗塞とすることが勧告されている.①自覚症状の有無を問わず,虚血以外の原因が考えられない異常Q波②虚血以外の原因が考えられない局所の心筋喪失を示す壁の菲薄化や収縮障害③陳旧性心筋梗塞を示す病理学的所見 心筋梗塞急性期を過ぎて,自覚症状や血行動態も落ち着き,心筋生化学マーカーの上昇がなく心電図所見も固定した状態を示している.明確に時期的な定義をしたものはないが,病理学的に瘢痕形成が起こる発症後4週間以降を指すことが多い.
疫学
日本人の心筋梗塞患者を対象とした2009年の臨床研究JACSSによると,急性心筋梗塞の入院死亡率は8%を下回るレベルになっており,これは欧米に比べてきわめてよい成績である.したがって90%以上の患者が生存して陳旧性心筋梗塞として管理・治療を受けている. また日本人の冠動脈疾患患者を長期追跡したJCAD研究によると,陳旧性心筋梗塞例は非心筋梗塞例に比べて有意に予後が悪いことが示された.JACSSでの多変量解析では,内服薬を含まない場合,高齢・女性・腎機能障害・来院時心不全・発症から受診までの経過時間が長期死亡に寄与する独立した因子であり,内服薬を含めた場合,長期生存に寄与する因子としては,腎機能障害・来院時心不全・受診までの経過時間に加えて,アスピリンとβ遮断薬の使用があげられている.
病態生理
梗塞部では,急性期の心筋壊死部位の炎症・浮腫から瘢痕組織に置換され,同部位の菲薄化と進展を生じるようになり,これは早期リモデリングとよばれる.この際に非梗塞部が心臓のポンプ機能低下を代償しようとして,Frank-Starling法則による前負荷増加およびレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系や交感神経系の活性亢進が起こり,左室拡大からひいては非梗塞部を含めた左室収縮障害をきたすことになり,晩期リモデリングとよばれる.このような心室リモデリングは,慢性心不全への移行や心臓突然死につながる過程となる.
臨床症状
自覚症状は,心筋梗塞の大きさや冠動脈の状態により変わりうるが,急性期以降は無症状の例も多い.心電図では異常Q波,R波減高,T波陰転などから陳旧性心筋梗塞症の存在を疑う.この時期では,心筋虚血,心不全,不整脈に関する所見の有無が患者管理上重要である.
1)心筋虚血:
心筋バイアビリティのある部位への冠動脈に残存狭窄があると狭心症や無症候性心筋虚血を示す場合があるので,狭心症状に注意するとともに運動負荷心電図や心筋シンチグラムなど画像診断,Holter心電図などで心筋虚血の有無とその広がりをチェックする.
梗塞部など心筋バイアビリティ評価が必要な場合には,ドブタミン負荷心エコーや負荷心筋シンチグラム,最近では負荷心MRIが行われる.
2)心不全:
心筋梗塞サイズが大きい場合や左室リモデリングが進行した場合には,左室拡大と収縮障害による心不全徴候が出現する.労作時息切れ・呼吸困難から身体所見上の心不全徴候(頸静脈怒張,Ⅲ音などの過剰心音,肺胞性クラックル,末梢浮腫など)がみられ,心臓超音波検査で左室拡大,壁菲薄化,壁運動異常などが認められる
3)不整脈:
慢性期の心筋梗塞後不整脈で重要なのは心室性不整脈,特に心室頻拍の有無である.心機能低下例での6連発以上の速い(レート150/分以上)非持続性心室頻拍については,薬物療法だけでなく植え込み型除細動器を含めた非薬物療法も考慮されるため,標準12誘導心電図に加えて定期的にHolter心電図を行う.ハイリスク不整脈が検出された場合には,加算平均心電図による遅延電位の測定も重要である.
治療・患者管理
陳旧性心筋梗塞管理のポイントは,急性心筋梗塞の回復期の管理を確実に継続していくことである.これには,長期予後を考えた薬物治療(アスピリン,β遮断薬,ACE阻害薬)および動脈硬化リスクファクターのコントロール(禁煙,肥満の改善,食事療法,スタチンなど)および運動療法があげられる.
薬物療法では,左室リモデリングの予防をおもな目的としてレニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の抑制と交感神経系の抑制が重要であり,前者にはACE阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬,アルドステロン拮抗薬が,後者にはβ遮断薬が使用される.HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン)は心血管イベント抑制効果が報告されており,スタチンにはコレステロール低下作用以外の多面的効果(pleiotropic effect)として抗酸化作用,抗炎症作用,内皮細胞機能改善作用などがみられるため,大部分の患者に投与されるのが現状である. 心筋虚血が残存している場合には,自覚症状の有無,冠動脈病変の重症度と病変形態,心機能低下の程度を総合的に評価し,適切な薬物療法を行ったうえで冠血行再建術の適応を考慮する.ただし,2007年に報告されたCOURAGE試験で,陳旧性心筋梗塞症を含む安定慢性冠動脈疾患患者に対して,適切な薬物治療を含めた内科的治療を行っていれば,たとえ経皮的冠動脈インターベンション(PCI)の適応になる冠動脈狭窄が存在しても,PCIを追加しても長期予後が変わらないことが報告された(図5-7-31).
狭心症を含む自覚症状の改善効果は認められていること,その後も新しい世代の薬剤溶出性ステントが登場していることから,基本は適切な内科治療であることには変わりはないが,PCIの効用についてさらなる検討が進められていくであろう.
心筋梗塞後の心不全の治療もきわめて重要であり,左室収縮不全に対しては慢性心不全の標準的治療であるアンジオテンシンⅡ阻害薬(ACE阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)とβ遮断薬を中心とした薬物療法を行う.薬物療法でも心不全のコントロールが難しい場合には,適応があれば心臓再同期療法(cardiac resynchronization therapy:CRT)あるいは手術(冠動脈バイパス術,左室形成術)が行われることがある.
さらに,心筋梗塞後の心室性不整脈治療についても,左室駆出率低下例に心室頻拍を合併する場合には,植え込み型除細動器(ICD)が予後改善効果をもたらすことが明らかになって,欧米ではその適応が広がっている.わが国では欧米ほど心筋梗塞後の突然死は多くないが,十分な薬物療法を行ってもNYHAクラスⅡまたはⅢの心不全症状を有し,かつ左室駆出率35%以下で非持続性心室頻拍を有する場合や,クラスⅠでも左室駆出率35%以下,電気生理学的検査で持続性心室頻拍が誘発される非持続性心室頻拍の例にはICD植え込みが推奨されている.
心筋傷害後症候群(post-cardiac injury syndrome)
心筋梗塞後症候群(postmyocardial infarction syndrome)あるいはDressler症候群ともよばれる.貫壁性心筋梗塞を発症すると壊死部を中心に炎症が起こるが,壊死細胞由来の自己抗体に対する免疫応答が生じ,これが心表面に波及して線維素性心外膜炎を生じることがある.開心術後に起こる心膜切開後症候群と同様のメカニズムである.
軽微なものであれば,急性期の数日間のみ聴診上心膜摩擦音が聴かれるのみで自然に消褪するが,まれに数週間後急性心膜炎の徴候を呈して発熱,胸膜痛様胸痛,心エコーで心膜液貯留,炎症反応陽性(CRP上昇など),胸水貯留などがみられる.
治療は原則として非ステロイド系抗炎症薬を使用するが,炎症が遷延する場合にはステロイド治療が必要になる.
(3)虚血性心筋症(ischemic cardiomyopathy)
定義・概念
虚血性心筋症という概念は,古典的には重症の冠動脈疾患を基礎として心機能低下をきたして,拡張型心筋症に類似した左室拡大と収縮障害をきたした病態と定義されてきた.ところが,1995年のWHO/ISFCでは「冠動脈病変では説明できない心機能低下」を示すものと定義され,従来のものは虚血性心筋症とはよばないことになり多少混乱を生じてきた.この概念は2008年に発表された欧州心臓病学会(ESC)の分類でも踏襲されており,心筋症の定義は「冠動脈疾患・高血圧・弁膜症・先天奇形によるものではない,構造的・機能的異常を伴う心筋疾患」とされている.
しかしながら,実際の臨床上は冠動脈疾患を合併した心機能低下例が虚血性心筋症とよばれることが多いため,2011年日本循環器学会ガイドラインでは,「臨床的に類似した心筋症疾患群の基本病態」の1つとして,虚血性心筋症を定義している(友池ら,2011).
ここでは,「慢性虚血を原因とする拡張型心筋症に類似した左室の拡大と収縮機能の低下を特徴とする重症虚血性心疾患」と定義されている.
病因・病態生理
虚血性心筋症の大部分は,大きな陳旧性心筋梗塞を基礎としてこれによる左室収縮障害や前述の心室リモデリングによる左室拡大を背景とする.これ以外には,狭心症など心筋虚血発作を繰り返し起こすことによって惹起された重症心筋虚血が原因になることがあり,この場合には強い虚血発作の後に遷延する気絶心筋(stunned myocardium)や慢性的血流不足により生じる冬眠心筋(hibernating myocardium)が左室収縮低下の主因となる. さらに,頻度は少なくなるが貧血や睡眠時無呼吸症候群などによる心筋の低酸素状態も原因となる.
臨床症状
自覚症状としては,狭心症など心筋虚血発作を生じる場合もあるが,むしろ胸痛のない無症候性心筋虚血による虚血エピソードが繰り返し起こった結果,呼吸困難など心不全症状で発症し,後に虚血性心筋症であったとわかる場合が少なくない.
身体診察や一般検査では,心不全徴候としてのうっ血所見(頸静脈怒張,肺胞性クラックル,ギャロップリズム(gallop rhythm),浮腫,胸部X線写真での肺血管陰影増強,BNP上昇など),および心筋傷害(心電図でのQ波や心室内伝導障害など),左室拡大・収縮力低下所見(心臓超音波検査など)がメインである.
過去に冠動脈疾患の病歴がない場合には,通常拡張型心筋症と診断されてしまうことがあるが,特に動脈硬化の危険因子を有する例の場合には,Holter心電図でのST解析,ドブタミン負荷エコー,心臓核医学検査(脂肪酸シンチグラフィなど)などで心筋虚血の存在を確認することが必要である.最近は,冠動脈CTによる冠動脈病変の評価が可能になったため,虚血性心筋症と拡張型心筋症の鑑別が容易になった.ただ冠動脈CT所見はあくまで形態学的なものであるため,上記のような機能的検査所見を合わせて,虚血性心筋症と診断することが重要である.
治療・患者管理
一般に虚血性心筋症の予後は拡張性心筋症よりも不良であるといわれている.予後予測因子としては,慢性心不全の指標である左室駆出率や血漿BNP濃度などに加えて冠動脈病変の重症度が重要な因子となる.
したがって治療は,①心筋虚血改善を目的とした冠動脈病変に対する治療,②慢性心不全に対する治療の2つの軸に分けられる.心筋虚血に対する治療は,慢性冠動脈疾患の治療と同様に,適正な内科治療に加えて適応を吟味した冠動脈血行再建術(経皮的冠動脈インターベンション,冠動脈バイパス術)が行われる.特に冠動脈病変末梢の心筋バイアビリティの評価が重要で,血行再建により心機能の改善が見込める部位に対して適切な手段を用いて行うことが重要である.
もう一方の軸である慢性心不全に対する治療は,他項で詳しく述べられているのでここでは触れないが,多数の慢性心不全・心筋梗塞後症例に対する大規模臨床試験結果から,アンジオテンシンⅡ阻害薬(ACE阻害薬,アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)とβ遮断薬が薬物療法の基本であること,これにアルドステロン拮抗薬を併用することで予後改善効果が認められること,心臓再同期療法や植え込み型除細動器などのデバイス治療の適応も広がってきていることがポイントとなる.[川名正敏]
■文献
髙野照夫,他:急性心筋梗塞(ST上昇型)の診療に関するガイドライン.Circulation Journal, 72, SupplementⅣ,日本循環器学会,2008.
友池仁暢,他:拡張型心筋症ならびに関連する二次性心筋症の診療に関するガイドライン.循環器病の診断と治療に関するガイドライン,日本循環器学会,2011.http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2011_tomoike_h.pdf
山口 徹,他:急性冠症候群の診療に関するガイドライン(2007年改訂版),日本循環器学会,2007.http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2007_yamaguchi_h.pdf
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出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報