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志岐麟泉 しき りんせん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

志岐麟泉 しき-りんせん

?-1589 戦国-織豊時代の武将。
肥後(熊本県)天草郡志岐城主。有馬氏や島津氏とむすんで領国を経営。外国貿易をもとめ,天草で最初にキリシタン布教を許可,みずからも受洗。天正(てんしょう)15年豊臣秀吉から本領を安堵(あんど)される。肥後南部を領地とした小西行長の宇土城普請役を拒否し,天草五人衆の中心として行長・加藤清正軍とたたかい,敗れて薩摩(さつま)(鹿児島県)にのがれた。天正17年死去。名は鎮経(しげつね)。洗礼名はドン=ジョアン

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

志岐麟泉

生年:生没年不詳
戦国・安土桃山時代の肥後(熊本県)天草の武将,志岐城(苓北町)城主。幼名又次郎,初名は鎮経。兵部少輔。天草氏,大矢野氏,上津浦氏,栖本氏と共に天草五人衆のひとり。初めキリスト教の布教を許し,自身も洗礼を受けてドン・ジョアンと称したが,のちにこれを禁止。天正15(1587)年豊臣秀吉の九州平定に服し,所領を安堵された。同17年,小西行長を城主とする宇土城の普請を命じられたことで秀吉に反抗,一揆を起こしたが失敗に終わった。

(佐伯弘次)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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