快光院(読み)かいこういん

日本歴史地名大系 「快光院」の解説

快光院
かいこういん

[現在地名]島原市萩原

浄土宗寺院。演暢山廓善寺と号し、本尊阿弥陀如来。寛永一五年(一六三八)島原に入封した高力家の菩提寺で、慶長年間(一五九六―一六一五)より武蔵国岩槻いわつき(現埼玉県岩槻市)城主であった高力忠房が創建し、遠江国浜松はままつ(現静岡県浜松市)を経て当地にもその寺基を移したもの。寛永一六年忠房は父の菩提を弔うために心蓮社秀誉述道を開山として現在地に建立、法号の快光院にちなむ寺号とした。山門の近くに忠房の弓の指南役で大和流弓術の開祖であった森川四郎左衛門秀一の墓がある。また忠房の跡を襲封した隆長がその悪政諫言したことで手討にしたという老臣志賀玄蕃甚三郎の墓が境内に残る。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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