成相寺跡(読み)なりあいでらあと

日本歴史地名大系 「成相寺跡」の解説

成相寺跡
なりあいでらあと

[現在地名]厳原町宮谷

成相なりあいざえにあった。普門山と号し、曹洞宗本尊聖観音。文禄元年(一五九二)宗義智夫人(倉野氏)観音堂宇建立、これを成相寺と号したのに始まる。この観音は行基が唐から帰国の途次当地に滞在して六観音を彫ったが、その余材で正観音を造り、仏祠を建てて安置し、成相観音と称したという(津島紀事)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む