成相寺跡(読み)なりあいでらあと

日本歴史地名大系 「成相寺跡」の解説

成相寺跡
なりあいでらあと

[現在地名]厳原町宮谷

成相なりあいざえにあった。普門山と号し、曹洞宗本尊聖観音。文禄元年(一五九二)宗義智夫人(倉野氏)観音堂宇建立、これを成相寺と号したのに始まる。この観音は行基が唐から帰国の途次当地に滞在して六観音を彫ったが、その余材で正観音を造り、仏祠を建てて安置し、成相観音と称したという(津島紀事)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む