戸田令(読み)へたりよう

日本歴史地名大系 「戸田令」の解説

戸田令
へたりよう

現徳山市の西部、大字戸田付近を領域とする国衙領。文治二年(一一八六)東大寺造営料とされたうちの一つと思われるが、文献では永正一三年(一五一六)六月一日付の陶兵庫頭弘詮請文(上司家文書)に、

<資料は省略されています>

とあり、熊毛郡安田やすだ(現熊毛町安田付近)とともに陶弘詮が保司職に任じられている。

これはそれ以前に周防一円の国衙領を、大内氏をはじめその一族が押妨してしまったのに対し、東大寺が寺門を閉鎖して訴え、永正六年にようやく還付を受けた経緯があり、その後に改めて保司職に任じられた折の文書である。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 山口県 安田

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む