神奈川県鎌倉市のほぼ中央部、鎌倉駅北方の一地区。もとは亀ヶ谷(かめがやつ)の一部であった。鎌倉幕府が開かれてからは手工業者の居住地となっていたが、室町時代、関東管領(かんれい)の上杉定正(さだまさ)がここに住んで扇谷殿(おうぎがやつどの)とよばれ、一帯を扇ヶ谷と称することになった。侵食谷がいくつも発達し、谷頭には泉が湧(わ)き、水神を祀(まつ)る所が多い。南部にある寿福寺(じゅふくじ)は、鎌倉五山の第三位、尼(あま)将軍北条政子(まさこ)が栄西禅師(えいさいぜんじ)を開山として創建、国指定重要文化財の地蔵菩薩(ぼさつ)立像があり、境内は史跡となっている。この北隣の英勝寺(えいしょうじ)は江戸前期に徳川頼房(よりふさ)(水戸家)の養母英勝院が創建。鎌倉唯一の尼寺である。この北東方の浄光明寺(じょうこうみょうじ)には国の史跡の冷泉為相(れいぜいためすけ)の墓や国の重要文化財の阿弥陀如来(あみだにょらい)および両脇侍坐像(ざぞう)、五重塔がある。北方の仮粧坂(けわいざか)(化粧坂)は鎌倉七切通(きりどお)しの一つ。現在は静かな緑濃い住宅地。
[浅香幸雄]
1 カキノキ科の落葉高木。また、その実。山地に自生するが、古くから栽培される。よく分枝し、葉は短楕円形で先がとがり、光沢がある。秋に紅葉する。初夏に白い雌花と雄花とが咲き、秋に黄赤色の実を結ぶ。実には...